阿部事務所


経済ジャーナリスト阿部和義



 テレビ朝日に初めての生え抜きの早河社長誕生

 テレビ朝日の社長に初めて生え抜きの早河洋社長(65)が6月25日の総会後の取締役会で就任する。同社は65年に就任した横田武夫社長(5代目)から君和田正夫社長(12代目)まで朝日新聞社の出身者が社長を務めてきた。早川新社長は67年にNET(日本教育テレビ)に入社して、以来、朝日新聞社出身の社長に仕えてきた。早河氏が社長になったのは広瀬道貞・元社長(現民放連会長)に可愛がられた、という。朝日新聞社の株主の村山美智子さんの株をテレビ朝日で引き受けて、朝日新聞社の株は減らすという、ことを広瀬氏と仕組んだことが評価されたと言う。
 ただ、早河氏には早くも女性や金の問題でスキャンダルがうわさされている。早河氏が専務時代に「週刊現代」で07年6月2日号で「『テレビ朝日』次期副社長の封印されたスキャンダル」ということで、早河氏が社内接待を受けたり、女性アナンサーと交際していたことが書かれている。この問題はテレビ朝日と早河氏が講談社に2億円の損害賠償を請求して、和解が成立している。
 あるテレビ朝日の関係者は「早河さんは下請けの制作会社から多額のリベートを受け取ったり、女性との付き合いなど多いと聞いている。朝日新聞社の社長にはそうしたことはまったくない。君和田社長などは制作会社などからの贈答品も送り返しているといわれている。この点が心配だったが他に生え抜きでは人材がいなかったと言うことでしょうね」という。
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OB100人が朝日新聞へ政官財の疑惑追及の提言

 朝日新聞のOBの有志100人が署名を集めて現役に対して提言をするための作業をしている。中心になっているのは社会部OBの柴田鉄治、本多勝一、山本博氏や経済部OBの黒川宣之氏らである。この署名についてのお願いでは次のように書かれている。
「朝日新聞の危機的状況について、旧友として何かできないか。何人かの旧友が集まった席でこんな話が出て現役に対して何か言おうではないかということになりました。退職したものが現役に何か言うのは褒められたことではありませんが、そんな悠長なことをいっている場合ではありません」
「ジャーナリズムの危機も新聞産業としての危機も、同根のものであり、要は、今の朝日新聞が読者の期待に応えていないという点に尽きると考える」
 具体的な提言としては、現在、社内に漂っている萎縮した空気を吹き飛ばすことであるとして、ジャーナリズム精神の衰退を物語る象徴的な事件であるサラ金の武富士からの5千万円のカネを受け取って何もしなかった、ということの総括をすること。次に新聞の原点である「政・官・業界の不正や疑惑を掘り起こすことに全社一丸となって取り組むこと」を上げている。
 朝日新聞が政・官・業界の疑惑にメディアまでとりこまれているのではないか、という。具体的には最近問題になった「かんぽの宿」の疑惑は本来新聞こそが掘り起こさなくてはならない問題であった。鳩山総務相の思惑はともかく、郵政民営化の是非論とは別に具体的な事実を掘り起こすことこそ新聞の使命だと言う。それを自らせずに「総務相の横やり」と逆に批判したことで読者から「新聞までも利権構造の一端に連なっているのか」と誤解した人も少なくない、と指摘する。
 武富士問題については週刊誌が書くことがわかり、当時の箱島社長などが減給処分をして済ませた。
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予算が作れない朝日新聞社の窮状

朝日新聞社のOBの集まりである旧友会(中江利忠会長)の定時総会が5月14日に東京・有楽町の朝日ホールで開かれた。毎年この総会に社長が挨拶に来るが秋山耿太郎社長の発言にビックリしたOBは多い。秋山社長は「朝日新聞が2010年に赤字になるという想定はしていたが、2年早まった。09年度の予算を作っているが、予算が作れない状態で困っている」と次のように話した。
 広告収入の落ち込みが大きく、毎年100億円づつ減ってきているのが、米国の金融危機で08年9月15日のリーマン・ブラザーズの倒産を契機に広告がばったり減り、08年は200億円の減収になった。このために09年の予算で経費を155億円削りこんだ。聖域と言われる販売経費にも手をつけ60億円減らし、紙代を節約するために新聞を36ページを32ページにし、タクシーチケットは全廃し、ゴルフの会員権も売却中である。さらに大きいのは年金の補填額で260億円が必要である。
 こうしたことから人件費にも手をつけざるを得なくなった、という。09年夏の賞与は平均40%のカットを組合に提示している。朝日労組によるとこれだけのカットは今までなかったことで、一人当たり2カ月を割り込んだのは初めてのこと。役員は賞与はゼロで、報酬も09年4月から社長45%、常務30%、取締役25%、役員待遇が20%のカットを実施している。
 秋山社長は「こうした厳しい人件費カットに対して組合は秋山社長の4年間の総括と役員の報酬カット率はこれで良いのか?など6項目の質問を出してこれに答えている。これからはOBの皆さんの年金を引き下げることになるかもしれませんので協力をお願いします」と訴えた。旧友会の中江会長は「本社の挑戦を支援していきましょう」と話したが、年金を減らされる話しにはOBは憮然としていた。
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20年ぶりの木曽駒高原でのゴルフ

アクティブ・シニアの会というのがある。会社を定年になっても元気に社会活動をしようという会である。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)のOBである平松健治さんが中心になって活動している。東京銀行にいた若林支郎さんから誘われてこの会に入っている。この会に日本興業銀行にいた山本修滋さんがいた。山本さんは私が朝日新聞の経済部で日銀を担当していた時に産業調査部長をしており、その後、大阪支店長などした。興銀を退職してから大同特殊鋼の専務をしていた。
 ある時に「倒産した日本特殊鋼のことについて、渡辺一族の争いを書いたら面白いよ」という話になって、関係の本を貸してもらった。私は再建王と言われた早川種三さんのことを書いた「必ず会社は再建できる」(中経出版)の中で、日本特殊鋼も早川さんが再建したうちの1社であり、関心もあった。
 この山本さんとアクチブシニア・シニアの会で米国の金融危機についてマクロは山本さん、ミクロのビック3の倒産のなどは私の担当で発表した。面白かった、と評判であった。その山本さんが「今度、私の入っている清川カントリークラブの連中で、木曽駒高原カントリークラブでゴルフに行くのですが、1人空いているので来ませんか」と誘われた。大同特殊鋼の寮に泊まって翌日プレーするという。
 私は23年前に名古屋本社経済部のデスクを約3年勤めて、毎年夏に木曽駒高原に泊り込みでゴルフに行っていた。ゴルフ場の中の川に飲み物がおいてあり、それが名物であった。この誘いにすぐにOKした。2組8人でプレーすることが決まった。
5月28日に木曽福島の駅に集まりそこからクラブ場で大同の寮に行く。私は新宿を正午に出る「あずさ26号」で塩尻まで行き、そこで乗り換えていくことにした。山本さんが待っていてくれ、ほかの人は「奈良井宿」を見てくるので、その人たちが来るのを待って寮に行った。4年前に建て替えたというきれいな寮であった。料理も名物の馬刺しが出て、地酒も飲んで翌日に備えた。王子製紙のOBの人、三菱商事のOBの夫婦と山本夫妻の6人のほかは近藤厳嗣さんという自称ゴルフしかやっていないという8人である。雨が心配であったが、東京は大雨なのにここは降らずにプレーできた。スコアは103で8人のうち3位になった。久しぶりの川の中のカンのお汁粉がおいしかった。
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地方観光!  岩崎芳太郎

 岩崎産業社長 岩崎芳太郎社長 
鹿児島県出身。慶応大学経済学部卒。76年4月に三井物産入社、米国勤務を経て1984年岩崎産業入社。87年副社長、02年6月から社長。55歳。

―鹿児島県でいろいろな観光事業をしていますが、どんなことをしているのでしょうか?
 私は1923年にできた岩崎グループの3代目の社長です。鹿児島ではバス、鉄道、海上交通、航空事業を運営しています。これらの交通機関があるのでそれに伴ってホテル、ゴルフ場、旅行業などをしています。このほかには特産品の製造販売、養殖業、酒造業などもしており、50数社を抱えています。鹿児島を中心にしているので中央では名前は知られていません。今は地方の観光業は大変なんですよ。

―どうしてでしょうか。道州制などを取り入れて、地方の活性化をしようとしているではありませんか? 
金融機関が資金を貸してくれなくなっていることが原因ですね。バブルがはじけてから金融庁の指導もあって、地方の旅館やホテル、バスなどにはカネを貸してくれなくなってしまいました。貸してくれないどころか、貸しはがしまでするんですから。岩崎家は祖父も父も鹿児島商工会議所の会頭を勤めたいわゆる名門です。だけれどもこうした金融機関の厳しい貸しはがしなどがあって5千人の人を3千人に減らしました。鹿児島では3代目はなんだというそしりを受けましたが、つぶれては仕方がありません。

―どうして金融機関はそんなことをするんでしょうか。
 不良債権処理をする過程でこうした観光業者いじめが進んできたのでしょう。小泉内閣の時の竹中・構造改革に原因があるのは明らかです。金が借りられないために九州の大分バスは整理に入り、熊本県の九州産業交通、宮崎で岩切章太郎さんが作った宮崎交通も産業再生機構に入ってしまいました。今や地方は資金がないために苦しんでいます。本来ならば、地元で観光バスのガイドを養成したり、料理人を育てたりしなくてはならないのに、そんな余裕はありません。金融機関だけではありません。国も交通事業者に対して構造改革ということで厳しくなっています。日本の南北戦争といっているんです。

 ―南北戦争とは激しい言葉ですね。 
地方には金だけではなく、人がいなくなっているんです。観光事業では致命的です。私は外国から人を入れるべきだといっています。ところが日本経団連や組合の連合、マスコミなどはこれに反対です。こうした人たちが北軍で南軍は地方の業者です。日本は単一民族と言っていますが、こうした争いがあり今や南軍は敗北の一歩手前です。

 ―外国人の観光客を増やそうと観光庁はビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)を展開していますが、2010年に1000万人の目標は達成しますか? 
観光というのは官庁がやるものではありません。民間の人たちが「邦(国)の光を見てください」(易経の言葉)ということでやるべきなのです。こうした民間の地方の業者がつぶれそうな時にどうして外国人の受け入れ態勢ができますか。2010年の目標達成は絶望的でしょう。

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コンベンションは経済不況の中で減らずに好調を持続

 日本政府観光局理事
 登誠一郎(のぼる・せいいちろう)

 兵庫県出身。1965年3月に東大法学部卒。4月外務省に入省。アジア局南東アジア第一課長、官房総務課長、ロサンゼルス日本国総領事などを経て96年7月に中近東アフリカ局長。軍縮会議特命大使、経済協力開発機構特命大使。05年7月から日本政府観光局(前国際観光振興機構)理事。67歳。


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 ―コンベンション担当ということですが、100年に一度の経済危機で、コンベンションは減っているのではありませんか。

 そんなことはありません。07年までしか統計がありませんが、前年比で3割増えて450件です。このうち、東京が半分で医学系の学会が多いです。
08年も増えていると思います。世界では全体で1万件ですので5%を占めています。米国が一番多く1100件で次いでフランス、ドイツ、シンガポールという順で日本は5位です。外国人の観光客の日本への数字は世界で27位であり、それに比べると健闘しています。シンガポールが急激に伸びているのが目立ってます。同じアジアでありうかうかしていられません。


 ―具体的に誘致活動はどのようにしていますか?

 観光立国宣言をしたことでもあり国をあげて増やすように努力をしています。各学会と開催地の自治体と各地にあるコンベンション協会がスクラムを組んで誘致活動をしています。決定権のあるキーパースンに日本に来てもらって良いところを見てもらいます。候補地についてのPRは海外にある政府観光局も手伝います。学会などの誘致をすると1泊で平均して72000円使います。普通を観光では1泊で1万円が良いところです。3泊か4泊しますから経済効果は大きいです。

 ―15年前にできたコンベンション法は役立っていますか?
 地方の活性化が目的でできた法律であり、東京都は対象から外されています。東京で1泊して、全国を1万円で旅行できる切符があるので便利です。ただし、この切符では新幹線の「のぞみ」が使えないという不満が出ています。JR東海に頼んでいるのですが、営利的に難しいということです。


 ―2010年に1000万人の外国人観光客を招くという目標は世界的な経済不況の影響で難しくなってきましたね。
 この目標は小泉内閣で建てたものですが、国家目標にもなっており、実現しないとまずいです。麻生首相も09年度の今回の予算の補正で観光対策の金を入れました。珍しいことです。日本にいる200万人の外国人の人に海外にいる親類縁者に日本に来てもらうように手紙を出しています。ビジネス客が減っているので企業にはできるだけ日本で会議をするようにお願いをしています。09年は08年と同じに835万人の外国人観光客が訪問するようにしないと目標達成は難しくなります。中国の個人の観光客へのビザを7月から出すようにしました。この効果が出ればよいのですが。
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新緑の軽井沢へ高校時代の友達と

昨年12月に日比谷高校の友人と忘年会で「お魚を食べる会」を千葉県館山でしたことはこの欄で書いた。その時に今度は新緑の軽井沢で、と言うことになり私が幹事になった。その時に友人の西川寿子さんが「軽井沢の近くの松井田に大河原君がいるはずで、野菜か何かを作っているらしいよ」という話が出た。大河原新太郎君の親類の太一郎さんは農林省の事務次官までした大物である。私が農林省の担当の時には大河原さんは何かと「おい、阿部ちゃん新太郎に会っているか。よろしく頼むよ」と言っていた。早速、大河原君住所を調べて、会うことになった。大河原君は慶応大学に行った後に、協和銀行(現在のりそな銀行)に勤めて、引退している。プレスセンターの10階のアラスカで久しぶりにあった。
 「今度、高校時代の友達7人ぐらいで軽井沢に行くのでその時に君の家に行きたいんだが」とお願いした。大河原君は「大歓迎だ。いま、ブドウを植えてワインを作っているところだ。ピーマンなどは自分たちで作っている。その日は慶応の友人が来て作業をしているので、丁度いい。紹介する」ととんとん拍子に話しが進んだ。
 連休明けの5月10日にJR武蔵野線の南浦和駅で待ち合わせて、成田秀明君と加藤征乃夫君の車に7人が同車して大河原君の家に向かった。天気は快晴で絶好の旅行日和である。大河原君の家は街中にあり大きな駐車場もあるので、すぐに分かった。大河原君は「よく来てくれた。作業が終わって昼飯なので一緒に食べましょう」と慶応の人たちで囲炉裏を囲んでビールやウーロン茶を飲み、ここで作ったハムや野菜を食べた。その後、ブドウ畑まで案内してくれた。ブドウの苗を植えたばかりなので、「これがどうなるか、心配だ」と言う。
 6月には仲間でフランスにブドウ酒作りのために勉強に行く、という。高輪に家はあるが、週末は松井田に来て農作業をしている。西川さんは畑仕事をしているので大河原君といろいろな話をしていた。できた野菜をもらって2時過ぎに軽井沢に向かった。東急ハーベストクラブで泊まり、この日の夜は駅前の「三喜」で馬刺しと桜なべを食べて元気をつけた。
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御手洗会長の失敗

 御手洗会長は就任した時は重厚長大産業から選ばれてきたのを、軽薄短小の精密業界から初めて出てきたので期待も大きかった。御手洗ビジョンを打ち出し、国歌、国旗を大切にし、愛国心を高めることを訴えた。道州制実現に力を入れてきた。安倍晋三内閣ができ、憲法改正や教育改革に力を入れているのに同調した。安倍総理が「美しい国へ」という本を出し、御手洗会長は「希望の国へ」というビジョンを打ち出し、経団連の月刊誌で「美しい国と希望の国とは会い通じるものがありますね」と親しげに対談した。また、「強いニッポン」(朝日新書)という本を出し、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長と「会社は誰のために」(文藝春秋)を出版した。スタートした時には「何かやるのではないか」と期待を持たせた。ところが朝日新聞はキヤノンの偽装請負を徹底的にキャンペーンした。

 製造業の派遣社員は3年たった時には、社員にしなくてはならない。社員にすると人件費が高くなるので、身分を請負にして社員化を免れる。こうしたことが偽装請負とされてキヤノンの宇都宮事業所や大分キヤノンなどが労働基準監督署に摘発された。

 偽装請負の問題だけではなく、就任早々に道路特定財源の問題で経団連会長と経済財政諮問会議の委員との意見が違うことから「二枚舌」と書かれた。こうしたことが続いて御手洗会長は朝日新聞への広告の出稿停止を約1年続けて評判を落とした。この問題について日本記者クラブで質問されて「言論統制などではない。悪口を書かれている新聞に広告を出しても経済効果はないと言うことである」と平然と答えた。

 米国に23年間、仕事をしていたことで米国の経営については詳しい。米国が製造業を軽視して金融で失敗したことなどは十分知っている。御手洗会長は「米国の短期の利益を追求する経営方式は良くない。経営者が高い報酬を取っていることはおかしいと思う」とキヤノンは日本的経営を続けている。そうした考えの御手洗会長のキヤノンが偽装請負や不況になってすぐに派遣社員の首を切る「派遣切り」をしたことで、評判を落とした。

 大賀社長を重用した罪
 御手洗会長のようにいろいろな問題を起こし評判の悪い会長はいないだろう。その最大のものは09年2月に法人税法違反で逮捕されたコンサルタント会社の「大光」の大賀規久社長との付き合いであろう。大賀社長とは大分県・佐伯鶴城高校の同級生でキヤノンに入社した兄を通して知り合った。大賀社長はキヤノンの工場の建設を巡りゼネコンの鹿島に受注させたことから、斡旋料を受け取り、脱税したことから東京地検特捜部に逮捕された。大賀社長とは御手洗会長とは親しい関係がある。社員の結婚式には出ないという御手洗会長は大賀社長のキヤノンに勤めている長男の結婚式に出て挨拶をしている。また、大分駅前の御手洗会長の所有地の管理を大光に任せていた、事も明らかになった。
 大賀社長はキヤノンの役員室の改装などの工事を請け負っているほか、キヤノンのいろいろな仕事をしている。御手洗会長と親しいということでこうした仕事を取った、と見られている。
 大賀社長はキヤノンの役員室もフリーパスで通っていた、といわれている。犯罪人を我が物顔に社内を闊歩させる御手洗会長の倫理観は問題である。経団連には平岩外四会長時代に「企業行動憲章」が作られて3回改定している。「経済人は疑惑をもたれることはしてはならない」ということが書かれている。こうした行動憲章の見本とならなくてはならない御手洗会長が自らこうした行動をしていることは、反省する必要があるだろう。
 米国に23年いた御手洗会長にとって大分県の昔なじみの友達は頼りになったのだろうが。

 「経団連、顔を知らねば老人会」(坂戸・宮原常寿)という川柳が4月12日の毎日新聞に出ていた。今や経団連も老人会に堕してしまったのだろうか。 
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世襲人事で良いのか

 政治で二世、三世の世襲が問題になり、改革案が検討されている。ところが経団連人事ではこの世襲人事が今回の副会長人事で出た。トヨタ自動車の張会長のあとは同じトヨタの渡辺副会長、新日鉄の三村会長の後は同じ新日鉄の宗岡社長が就任する。約20年前の6代目の会長であった齋藤英四郎会長の時もこうした世襲人事が経団連活動の停滞の一因といわれた。当時も新日鉄、トヨタ自動車、三菱重工業、住友化学工業(現住友化学)がポストを譲らずに引き継いでいた。そうしたポストの世襲はいまだに変わらずに続いていることになる。
 御手洗会長は初めての精密業界から選ばれただけに副会長には従来の業界からではなく新しい業界から選ぶべきではなかったか。齋藤会長は「経団連の人事は委員長を含めて地域や業界を考慮して選任しなくてはならないので、固定してしまう傾向がある」と弁解していた。いまだにこうしたポストの世襲が続いていることは経団連活動の停滞の一因とも考えられる。
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混沌としている次期経団連会長

赤字会社が続出で頭が痛い御手洗会長

 日本経団連の新しい会館ができた。4月16日に東京・大手町で麻生首相ら700人を招いて披露式が行われた。2代目の故石坂泰三会長の発案で1966年に作った経団連ビルから約43年ぶりに移転した。新会館は現在の会館の西側で地上23階、地下4階の今までの倍以上の高さである。御手洗冨士夫会長は満面に笑みを浮かべて嬉しさを表していた。
 御手洗会長はあと一年で2期4年を終えて交代する。次の会長に誰がなるかがそろそろ名前が出ても良いが、今回は米国の金融不安が広がって、日本にも影響が及び、経団連の会員会社の重厚長大産業は軒並み赤字に陥ってしまった。代表例はトヨタ自動車であり、08年3月の連結決算では史上最高の税引き後利益を上げながら、09年3月期は創業以来初めての税引き後利益が赤字になる。経団連の副会長会社の電機産業のパナソニック、日立製作所、金融のみずほフィナンシャルグループ、証券の野村ホールディングスが赤字になっている。黒字の会社は商社の三菱商事、三井物産や生保の第一生命、不動産の三井不動産など数えるほどである。こうした業績が悪化しているために御手洗会長が将来の会長候補として副会長に任命した古川一夫・日立製作所社長は、09年5月に1期2年で退陣する。
 こうした途中の任期で退陣するのは異例である。日立製作所の業績の悪化の責任を取り社長から特別顧問に就任するためである。
 経団連の会長は歴代、自動車、電機、鉄鋼、電力から選ばれてきた。御手洗会長のような精密工業会から選ばれるのは珍しいケースであった。経団連を構成する五摂家はこれに銀行が加わる。
 業績が悪い中で次の会長候補を挙げるのは難しいが、御手洗会長が意中の人はパナソニックの中村邦夫会長といわれている。偽装請負の問題でマスコミにたたかれた時に二人は朝日新聞への広告の出稿をやめた仲である。マスコミ嫌いという点で二人は息が合っている、という。次に有力な候補者は09年5月に副会長になる東芝の西田厚聡・会長である。西田会長は早朝出社であり、その点で御手洗会長と同じで、頻繁に早朝に連絡を取り合っている。二人とも業績が悪いということで、辞退した場合には東京電力の勝俣恒久会長の名前も出ている。厳しい経済状態での会長選びに御手洗会長は頭を痛めるのは間違いないだろう。ぎりぎりまで決まらないことも考えられるのではないか。
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