2018.05.31 Thursday

日大アメリカンフットボール部の事件を思う

私は高校、大学とラクビーをやっていた。相手と激しくぶつかり合うラクビーは楽しかった。アメリカンフットボールにも関心を持っていたがルールがあと一つ分からないのでそれほどの興味はなかった。そうした時に関西学院大のアメフト部の監督とディレクターが日大との戦いで無防備なQBにタックルを仕掛けたのはけしからん、と5月10日ごろにテレビで訴えていた。確かにラクビーでも球を持っていない選手にタックルするのは「ノーボール・タックル」で重い反則を取られる。
日大はすぐに謝ると思っていたがなかなか謝らずにずるずると来た。そうした時5月21日にこのタックルをした日大の選手が記者会見を日本記者クラブで22日に行うということがテレビで流れるともに私にも記者クラブから緊急のFAXが入った。選手に対して監督やコーチがタックルするように指示を出したかが、焦点になっていたのでマスコミはこの会見に注目をした。
午後2時45分からの開始だがテレビは14時05分、ペン・スチール(写真)は14時30分に登録するように指示が来た。私は14時には席を確保するために会場に行ったが、すでに満員だった。テレビカメラ、雑クラブによると今まで一番誌の写真、新聞のカメラなどでゴッタがいしていた。日本記者クラブによると今までで一番多い360人が集まった。
会場に入ってきた宮川泰介君は大きな体をした青年である。それに付き添って、西畠正、薬師寺孝亮弁護士が二人別席に着いた。最初に司会をしたスポーツニッポンの宮内記者(日本新聞協会の企画委員)が、「記者会見で弁護士が付くのは異例だが宮川君の希望なので今回限りということで認めた」と述べた。
宮川君は紙に書いたことを読み上げた。それによると監督、コーチは「試合に出させるには相手のQB(クオーターバック)をつぶしてこい。やらないでは済まされないぞ」ということを言った。そのために追い詰められていた宮川君は違法タックをして退場させられた。そのあとグランドで泣いていた。
そのあとの質問に入るとNHKニュース7の記者、フジテレビの特ダネ記者、日本テレビニュースゼロ、フジテレビプライム、読売テレビ、テレビ東京、テレビ朝日、東京MXテレビ、TBSテレビのビビッドなどが次々と手を上げて質問していった。それに対して宮川君は丁寧に答えていった。
新聞社からの質問は時間もないこともありゼロだった。テレビも実況中継をしていたので記者は懸命だった。
20歳になったばかりというのに宮川君は「早く謝りに行きたかったが、監督から止められた。関西学院大に行ったが断られたこともあった」と話した。
宮川君の記者会見で日大側も急遽、内田監督、井上コーチが会見した。この会見では内田監督が「私は宮川君につぶしてこいと言ったことはない」と述べて顰蹙を買った。一方宮川君が日大豊山高校時代の監督だった井上コーチは「私はQBをつぶしてこいと言った。それがお前が次の試合に出られるかどうか、である。やらないでは済まないぞ」と正直に話した。
この会見で司会をしたのが私の知っている共同通信社の経済部記者だった米倉久邦氏だった。米倉氏とは日銀クラブで一緒だったこともありしばらく付き合いっていた。テレビで見る限りではずいぶん歳を取ったというのが実感である。この会見で打ち切りをしようとして記者からブーイングを受けた。日大側は対応が遅いうえに記者会見を打ち切ろうとした対応に「マスコミ対策ができていない。もっと早く会見をしていれば違う展開になったかもしれない」という声が出ている。いろいろなことを考えさせられる事件である

| その他 | 12:14 | - | - | pookmark |
2018.05.31 Thursday

朝日新聞は2年連続の増益

朝日新聞社は5月28日に18年3月期の決算を発表した。それによると売上高は約3900億円と前年同期に比べて2・9%減ったが営業利益は79億円と前年同期に比べて12・2%増加した。2年ぶりの増益である。純利益は120億円で2年連続の増益だった。不動産収入が好調だったことが利益の増加に結び付いた。

 

| その他 | 12:13 | - | - | pookmark |
2018.05.31 Thursday

横山修二氏 5月6日肺炎のために死去。92歳。

1964年に大京観光(現大京)を設立して不動産業に進出した。横山さんはバブル時代の不動産業界では羽振りを聞かせていた。オーストラリアに進出して新聞記者などを招待していた。過大な銀行の借金を抱えてバブルがはじけるとともに、ダイエーとともに国の機関に救済された。現在の大京は三菱UFJ銀行の管理会社になっている。

岸井成格(しげただ)氏 5月15日肺腺癌のために死去。73歳。元毎日新聞の主筆を務めTBS系のニュース番組「NEWS23」のアンカーを務めた。

| 追悼録 | 12:13 | - | - | pookmark |
2018.05.31 Thursday

猪狩誠也さん4月23日死去。84歳。

 

雑誌ダイヤモンド社に勤めた後、東京経済大学にコミュニケーション部を創設して教授として着任した。同学部長になった。

| 追悼録 | 12:12 | - | - | pookmark |
2018.05.31 Thursday

日本記者クラブ賞に朝日新聞奥山編集委員

18年度の日本記者クラブ賞に朝日新聞の奥山俊宏編集委員(52)が選ばれた。ロッキード事件やパナマ文書などの解説や調査報道が認められた。
特別賞には100年以上発行を続けている「点字毎日」の遠藤哲也編集長が選ばれた。6月6日午後6時からプレスセンターで記念の講演がある。

| その他 | 12:11 | - | - | pookmark |
2018.05.02 Wednesday

小河正義・日経新聞編集委員 17年11月11日心不全のために死去。74歳。
運輸省(現国土交通省)詰めの社会部記者が長く、航空会社の人脈は太く広かった。「小河ちゃん」と多くの人に慕われていた。糖尿を患っていたが、日本記者クラブなどには時々顔を見せていた。5月9日午後3時から日本記者クラブで偲ぶ会を開く。

| 追悼録 | 22:43 | - | - | pookmark |
2018.05.02 Wednesday

岩井重人・元住友不動産販売社長 1月6日肺炎のために死去。87歳。
高校卒の後、住友銀行に入行し、5支店長を務めて優秀な成績を収めた。その後住友不動産の安藤太郎社長に引っ張られて住友不動産に行き、そのあと販売会社の社長になった。住友不動産の高島準司社長とコンビを組んで住友グループを優秀な会社に育て上げた。

 

| その他 | 22:43 | - | - | pookmark |
2018.05.02 Wednesday

住田正二・JR東日本初代社長

17年12月20日老衰で死去。95歳。
運輸省(現国土交通省)の事務次官を務めた後、国鉄再建監理委員会委員や臨時行政調査会の専門委員を務めた。87年4月、国鉄の民営分割で誕生したJR東日本の初代社長になった。社長を退いた後で役人の無責任体質を鋭く批判して「お役人の無駄遣い」「役人につけるクスリ」などの著書を書いた。「役人時代には無駄遣いをしていて、OBになって批判するのはいかがなものか」という声もおおかった。

| その他 | 22:42 | - | - | pookmark |
2018.05.02 Wednesday

内藤千百里(ないとう・ちもり)関西電力副社長
18年1月27日に心不全で死去。94歳。関西経済連合会の会長を務めた芦原義重・元社長の秘書を務め、当時、住友金属工業の日向方斎氏との戦いの裏部隊を指揮した。東電福島第一原発事故の14年に原発推進や電力会社の発展を目的に在任中に歴代首相7人に献金したことを朝日新聞に証言した。

 

| 追悼録 | 22:42 | - | - | pookmark |
2018.05.02 Wednesday

平成デモクラシーの講演

平成が2019年4月30日で終わるが、日本記者クラブで「平成デモクラシー史」(ちくま新書)を書いた清水真人・日経新聞編集委員の講演が4月24日に行われた。清水氏は平成デモクラシーの背景、議員内閣制とは何か、統治構造改革などについて説明した。この中で自民党長期政権時代のコンセンサス型デモクラシーから政権選択選挙を通して期間限定での多数派に統治をゆだねる多数決型デモクラシー移行している、と述べた。

| その他 | 22:41 | - | - | pookmark |
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