2016.12.21 Wednesday

藤森さんへ12月19日コンフィデンシャルです

 老齢化で悩む日本記者クラブ 会費値下げで会員増をもくろむ

日本記者クラブ(伊藤芳明理事長・毎日新聞専務)はメンバーの主力の個人D会員の会費を17年4月から値下げする。この厳しい時期に値下げをするのは会費を下げて会員増をもくろんでいる。新聞記者のOBが記者クラブに入る時には個人D会員になる。現在の2500人の会員のうち850人を占めるD会員は主力である。記者会見などもこのD会員がほどんである。

 ところがこのD会員が減り続けている。毎年平均で17人へっており、このままでは経理上大変になるということで現在の会費月額6100円を一律5000円に下げて、減員を止めようという狙いである。やめてゆく人たちの言い分は「年金生活になると月6100円は厳しい」ということである。そのために会費の負担を下げることでクラブ員の減少を泊めるとともにあたらしくOBになる人にはいってもらうという狙いもある。

 この値下げとともに今まで80歳以上の人に適用していた割引会費の2000円の適用を辞めて、今までどうりの5000円にする。80歳以上の会員が増え続けているためである。

 伊藤理事長は「財政は厳しくなっており、どうすしてゆくかを検討したところこの案になった。当面は値下げで会費収入は減るとしても長期的に見れば収入は増えてゆくと思う。新しく会員になる人を増やすようにするのがこれからの課題です」と話している。この措置とともに今まで発行していた記者クラブの会員名簿も中止する。経費節減にも努めてゆくという。

 

| その他 | 08:36 | - | - | pookmark |
2016.12.19 Monday

三村日本商工会議所会頭が小林同友会代表幹事を冷やかす

 経済同友会(小林喜光・代表幹事)は11月21日に都内の帝国ホテルで創立70周年の記念式典を行った。最初にあいさつをしたのは麻生・自民党副総理・財務相で「私も同友会とはいろいろな縁があり親しい人もたくさんいます。設立の時にはうちの父親なども協力していました」と述べた。そのあとは榊原・経団連会長などが「私のところより設立が早いということでお兄さんです。これからもお兄さんとして指導をしてください」とあいさつした。そのあとに立った三村・日商会頭は「70年と言いますがうちは140年の歴史があります。同友会はまだまだ若いです。また、最近同友会はSAITEKIKA(最適化)社会という、変な横文字を使っていますが日本語でやってほしいものです。日本の団体なのですから」とチクリと小林同友会を批判した。

 小林代表幹事になり「変わらぬことは滅びることであり変わることがこれからの経済活動に必要です」というスローガンを立てその中で「SAITEKIKA]という言葉を使っている。また「2・0社会を目指して」ということで2020年へ向けての新しい経済改革を訴えている。そのために小林同友会は5月にイスラエル、夏に中国、秋に米国にミッションを出して勉強をして、この報告書が来年には出る。こうした動きに対して経団連、日商は面白くないのであろう。三村会頭の挨拶にはこうした含みもあったとみられ、経済界ではちょっとした波風が立っている。

| - | 17:20 | - | - | pookmark |
2016.12.19 Monday

マスコミが誤ったトランプ大統領

 日本記者クラブでは今年の春から「変わるアメリカ 変わらないアメリカ 米大統領選」というシリーズを14回にわたり行った。春先にはある大学の教授は「トランプというのは泡沫候補でありそのうち消えてゆきますよ」と自信たっぷりだった。口をそろえてヒラリー・クリントンが勝つとまで言っていた。10月末の外国人記者クラブでの昼食会で米国通のグレン・フクシマ米先端政策研究所上席研究員も「クリントンが圧倒的に勝ちますよ。日本の人たちにとって良い結果になります」と話していたほど。

 日本記者クラブでの大統領選が終わった後の講演の中であるベテラン記者は「今回の大統領選で敗れたのはクリントンではなく我々マスコミである。深刻に反省しなけらばならない」とまで発言した。

 この誤報について橋下徹・元大阪府知事は「マスコミは現地に入って綿密に取材して、いろいろな動きをつかまなくてはならないのにそれをしていない。人に話を聞いて書くだけになっている。メディアの仕事は下品な発言の言葉尻をとらえて批判することではなく、政治家のメッセージの格を見つけ分析し、有権者に情報提供することですよ」と朝日新聞でのインタビューで語っている。

 世界中でポピュリズムが選挙を動かしている。こうした中ではマスコミの正しい発言が必要になってきている。現在の経営難の中でのマスコミが時間と金をかけて有権者に本当の情報をとsどけられるかが、これからの民主主義が続けられるかどうかの分岐点になるのではないか? 

| メディア研究会 | 17:19 | - | - | pookmark |
2016.12.19 Monday

藤森さんへ12月19日コンフィデンシャルです

 老齢化で悩む日本記者クラブ 会費値下げで会員増をもくろむ

 日本記者クラブ(伊藤芳明理事長・毎日新聞専務)はメンバーの主力の個人D会員の会費を17年4月から値下げする。この厳しい時期に値下げをするのは会費を下げて会員増をもくろんでいる。新聞記者のOBが記者クラブに入る時には個人D会員になる。現在の2500人の会員のうち850人を占めるD会員は主力である。記者会見などもこのD会員がほどんである。

 ところがこのD会員が減り続けている。毎年平均で17人へっており、このままでは経理上大変になるということで現在の会費月額6100円を一律5000円に下げて、減員を止めようという狙いである。やめてゆく人たちの言い分は「年金生活になると月6100円は厳しい」ということである。そのために会費の負担を下げることでクラブ員の減少を泊めるとともにあたらしくOBになる人にはいってもらうという狙いもある。

 この値下げとともに今まで80歳以上の人に適用していた割引会費の2000円の適用を辞めて、今までどうりの5000円にする。80歳以上の会員が増え続けているためである。

 伊藤理事長は「財政は厳しくなっており、どうすしてゆくかを検討したところこの案になった。当面は値下げで会費収入は減るとしても長期的に見れば収入は増えてゆくと思う。新しく会員になる人を増やすようにするのがこれからの課題です」と話している。この措置とともに今まで発行していた記者クラブの会員名簿も中止する。経費節減にも努めてゆくという。

 

| - | 17:19 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday

外国人記者クラブで「ピコ太郎」が会見

10月28日午後3時にの外国人記者クラブは今人気の「ピコ太郎」の会見に来たたくさんの記者やカメラマンであふれかえった。代表的な短い曲である「PPAP(ペンパイナツポーアッポペン)がギネスに世界で一番短い曲として認定され、その伝達式が行われた。21台のカメラと100人以上の記者がピコ太郎氏に質問した。ピコ太郎はペンとパイナップルをもって軽いギャグをしゃべったのがユーチューブなどに流れて世界場の話題をさらった。ユーチューブの全世界の再生回数は6700万回で動画サイトの累計再生回数は約4億5千万回に上り、海外で話題になった。この日の会見でも最初に軽いノリでPPAPを披露した。質問では「NHKの紅白に出たいか?」については「狙っています」と語った。年齢は53歳で結婚について聞かれて「2年前に結婚しました」と答えた。レコードを出すことについては「1曲はせいぜい1分であり20曲でも20分でレコードになりますか?」と答えた

 

| その他 | 07:09 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday

死刑廃止で記者会見
亀井静香衆院議員は10月6日に外国人記者クラブで記者会見をした。会見の内容は「死刑廃止を推進する議員連盟」の会長としてである。亀井氏は「日本弁護士連合会(日弁連)が死刑廃止の宣言をするのでそれに合わせて会見をした。世界中で米国など死刑廃止の動きが出ている。日本も日弁連が廃止を打ち出したのでその流れに沿って行うべきである。人間が死刑を宣言するなどということはあってはならない。日本では昔から閻魔大王がさばいてくれるということで人が死刑などということは決めなかった。無抵抗な状態で絞殺するなどということはありえない」と述べた。

 

| その他 | 07:09 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday

支部の独走に困惑する日本介護連
日本介護事業連合会(会長・愛知和男・元防衛庁長官)は、介護の問題を介護施設、民間会社などと一緒になって解決してゆこうと2年前に設立された。大阪、名古屋などにも支部を作り組織を拡大している。そうした中で東海支部が介護の仕事をすれば利回りが80%にも回るという知らせをインターネットなどで流している。老人ホームやグループホームなどを加盟店に入れば土地や建物は本部が用意し、運営もするという。しかし、こうしたうまい話は実現するのは難しい。
このために東京の本部はこうした営業は中止してほしい、と申し入れたが東海支部は聞かない。そのために日本介護事業連では今までは野放しになっていたのを改めて新しく支部の規定を作ることにした。新しい規定では支部の設立や廃止は本部理事会の決議によリ行う。支部の設立には3人以上の本部理事からの賛同がなければ支部を創れないようにする。
こうした支部規定に対しては「こんなに本部がOKしなければできないのはおかしい。もっと支部は自由に作ったほうがよいのではないか」という反対意見が出て、支部規定はできていない。
介護では今まではお泊りサービスなど事業者にとっておいしい話が多かった。そのために東海支部の会社のように加盟店方式でお客を募集するところが出てきてその信用のために日本介護連を使をうとしている業者も多い。

 

| その他 | 07:08 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday

作家の終活
75歳からの「信長の棺」で作家デビューして加藤廣氏が「昭和からの伝言」(新潮社 初版16年8月)を書いた。加藤氏の生まれてから現在までの履歴書と若い人たちへのお願いを書いている。それによると加藤氏は東大法学部を卒業した時にホンダに行くか日本中小企業金融公庫に行くかの選択があった。新しくできた公庫に興味をもってそちらに進んだ。作家になる夢もあったことも公庫を選んだ理由でもある。公庫では大蔵省、通産省から来た幹部との摩擦を感じながら仕事をしてきた、と書いている。
加藤氏が公庫の審査について企画部時代に早くするやり方を通産から来た幹部に見せたところ、それが日本興業銀行から来た幹部に見つけられて「君はどういう考えなんだ。今までやってきた興銀方式の審査にもんだいがあるのか?」とつるし上げられてこのやり方がほうむられた。
ところがそのあとに大蔵省から来た吉岡総裁が加藤氏の案を採用して審査が早くなった。加藤氏は「サラリーマンというのはトップ次第ですね」と書いている。
一方、企業作家の高杉良氏は「小説新潮」の16年2月号から「小説・めぐみ園の夏」の連載を始めた。この小説は高杉氏の少年のころのことを書いており、自叙伝である。作家になるまでのことを書き綴ってゆくことになる。老齢化時代になり作家も高齢者になるとともに自分の来た道を書いて終活する。

 

| 追悼録 | 07:08 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday


住友銀行秘史に登場する人たち
「住友銀行秘史」(講談社、初版16年9月)という本が出版されて金融業界では話題になっている。著者は住友銀行の取締役をした国重敦史氏(現在ミックスポイント会長兼社長)である。住友銀行で安宅産業の崩壊とともに大きな問題になったイトマン事件についての当時の動きをメモに基づいて書いている。当時、国重氏は大蔵省や日銀などの窓口としていろいろな情報を集めていた。そうした中でイトマンがやくざまがいの男たちにいいようにされて金が出てゆくことに危機感を感じた国重氏が何とかしなくてはいけないというので内部告発の文章を伊藤萬従業員一同ということで土田正顕銀行局長に送っていた。それとともに日銀やマスコミにも手をまわしている様子がすべて実名で出てくる。日銀では当時の考査局の溝田泰夫・管理課長と相談している。マスコミでは日経新聞の大塚將司記者と情報を提供するとともに、イトマンの記事を紙面にする様子が書かれている。読売は山口記者の名前が出てくる。
一方、住友銀行の中では磯田一郎会長と西貞三郎副頭取、河村良彦イトマン社長が伊藤寿永光、許永中と組んで金をふんだんに取られてゆく。このことに危機感を持った国重氏が「このままでは住友銀行はつぶれてしまう」と玉井英二副頭取、松下武義常務、西川善文常務などと組んで磯田会長を何とかやめさせようという動きが実名で出てくる。
最終的にはコーリン産業のトップの小谷光浩に当時の青葉台支店長が迂回融資をして逮捕されたことで、磯田会長は責任を取って辞任し、イトマン問題も河村社長の辞任などで収束してゆく。
国重氏は「メモを取っていたことから、講談社の編集者が25年たったので本にしたらどうだ、と勧められて書いた。迷惑している人もいるだろうが許してほしい」とあとがきに書いている。

 

| 本・その他 | 07:08 | - | - | pookmark |
2016.11.10 Thursday

藤森さんへ10月29日 コンフィデンシャルです
(経済編)
石川六郎・日商会頭の妻ヨシ子さん死去
石川六郎・日商会頭の妻のヨシ子さんが9月25日に87歳で死去した。ヨシ子さんは。鹿島建設のドンだった鹿島守之助と卯女の次女。長女は伊都子、三女は三枝子の女3人で弟は昭一の4人兄弟。長女の旦那は渥美健夫氏で通産省の役人。三女は平泉渉氏で外務省の役人だった。伊都子、三枝子はすでに死去しており、華麗なる一族の姉妹の最後の死去だった。
ヨシ子さんは守之助夫妻がイタリアに外交官として勤務していた時にローマで生まれ画家を志した。日本女子大美術史科を卒業した後、画家の倉田三郎氏(春陽会)に師事して日本画の道を歩んだ。 52年には日展に入選するともに個展も日本だけではなくローマやミラノなどで開いた。日動画廊での個展は02年までに10回開いている。画集「華」を出版するとともにフィレンツェで個展「華」、日本では彫刻の森美術館で同じ個展を開いている。
こうした画家として活動するとともに鹿島建設の社長、会長を務め、日商会頭として活動する六郎氏の妻として陰で支えた。
鹿島建設の社長はこのところ生え抜きが務めており、鹿島一族からは石川氏以来出ていない。ヨシ子さんの長男の洋・副社長(営業本部長)がいつ社長になるのかが注目されている。
当初、ヨシ子さんのお別れ会を開く予定だったが「諸般の都合で中止します」ということになった。鹿島家の中で三姉妹の中でヨシ子さんだけお別れ会を開くことに批判が出たために中止することになったようだ。ヨシ子さんと親しい画家の関係者は残念がっている。

 

| 追悼録 | 07:07 | - | - | pookmark |
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