2016.02.28 Sunday
日本記者クラブの居眠り記者に藻谷氏が不快感
日本記者クラブは新年になり今年の経済見通しを各界の識者に解説してもらった。最初は日銀の調査統計局長と務め現在は富士通総研エグゼクティブ・フェローの早川英男氏が行い、6人が行った。各氏とも権威のあるクラブで一流のジャーナリストに話すことで張り切って話していた。そうした講師の中で今やマスコミにモテモテの日本総合研究所主席研究委員の藻谷浩介氏があまりに多い居眠り記者に対して再三にわたり不快感を表明した。出席している人たちは現役を終わったOBが多い。こうした人たちは話が始まるとこっくりこっくりを始める。一番最前の席には耳にイヤホンを付けた白髪のOBで名物記者である。この人も居眠りをしていた。
藻谷氏は地方経済の見通しを人口減と言う観点から説明した。ところが寝ている人たちが多いことを壇上から見て「こうぞくぞくと居眠りしているじゃないですか」と苦情を示した。ところがこうした人たちは起きる気配はない。人口減でGDPの下落の話の時には「寝ている人はいいですがー」と話した。
藻谷氏は2年ほど前にもこうした講演に招かれて、壇上から見て寝ている人が多いのには再三にわたり不快感を示した。
藻谷氏としては「俺の面白い話の時に寝ているとは何事じゃ」と言うことだが露骨には「起きなさい」と言えないので婉曲にこうした不快感を示した、ようだ。
現役を離れて行き所がない記者のOBが集まっているようだが、張り切って説明する講師たちは居眠り記者にがっくりしている。高齢化とともに記者クラブも藻谷氏にこうした注意をされるようになってきている。ある意欲のあるOBは「居眠りに来るなら家にいろ」と怒っている。
| 講演 | 18:31 | - | - | pookmark |
2009.01.28 Wednesday

   屮肇茱拭Ε轡腑奪」
 GMを抜いて世界一の座に着いたトヨタ自動車が、突然、08年12月に1500億円の営業赤字になると発表。一人勝ちであったトヨタになにが起きたのか?油断と慢心か。

 ◆ 屮蝓璽泪鵝Ε屮薀供璽此Ε轡腑奪」
 一昨年夏から言われていたサブプライム・ローンの破綻の影響が、投資銀行(日本の証券会社)リーマン・ブラザーズの倒産に表われた。9・15という日が、ニューヨークのビルが破壊された01年9月11日のように忘れられない日になった。

  「日比谷公園のテント村」
 日本経済の回復は、人、もの、カネの節約で成し遂げた。特に人の面では期間従業員や派遣社員の雇用で人件費の節約をした。小泉政権での規制緩和の効果が出た。その負の遺産が日比谷のテント村に出た。

 ぁ 岾瑤裡沓娃娃葦濛罎魍笋蟾む」
 今年の日本経済は、株がどうなるかである。株式の価格により個人の資産だけではなく株式会社の決算にも影響が及ぶ。時価会計の問題が出てきている。

 ァ 孱廓間は我慢」
 日本経済がどうなるかについては、いろいろな見方が出ているが、3年から5年は回復に必要だろうという見方が多い。しかし、米国のオバマ大統領の積極的な景気回復策で明るい面が出れば日本の景気も明るくなるか?円高の効果を活用すれば、景気にも良い影響を及ぼす。 
| 講演 | 09:02 | comments(0) | - | pookmark |
2008.10.21 Tuesday
   「環境問題とビジネス」のレジメ
            
今までの企業の環境への取り組み

昭和30年代から昭和40年代 経済成長を優先させて公害は必要悪の考えが当たり前であった。 相次ぐ公害問題 水俣病、イタイイタイ病、新潟水俣病、四日市ゼンソク。
 公害列島の汚名。73年(昭和48年)熊本地裁の判決。チッソ敗れる。過酷な代償。対策に全力。
 70年11月の国会。公害国会で公害対策基本法が改正される。 71年7月に環境庁が発足。01年1月に環境省に。


その一例

1993年5月号「地球環境問題に対するわが国の対応」(日本開発銀行、現日本政策投資銀行)
非製造業の一部の業種、30%を越す。「緊急に対策を要する地球環境問題は無い」。自ら生産に従事しない産業や企業であ。っても、流通面、消費者としての立場などから地球環境問題の解決に寄与できることを充分認識することを期待したい。
 企業の約3分の2が地球環境問題が何らかの負担になると答えている。地球温暖化、廃棄物処理、リサイクル、フロンなどの問題を中心に自主的な行動計画を策定することが望ましい、と結論付けている。


97年12月京都議定書ができる。

90年に比べ6%削減
 08年4月から京都議定書の約束期間に入る。国は排出量取引(排出権取引と同じ意味)を試行錯誤で実施しようとしている。(福田首相発言)。排出枠の決め方。
 キャップ&トレード方式。05年1月から欧州連合(EU)で実施している。工場や事業所に温室効果ガスの排出枠の上限(キャップ)を決める。過不足分を売買する(トレード)。
 ベースライン・アンド・クレジット方式。排出削減プロジェクトを実施して出来た削減分を、何もしなかった場合に予想される排出量(ベースライン)に比べて排出枠(クレジット)として売買を認める。排出枠が不足した企業がエネルギー効率の悪い途上国で省エネ設備を導入して削減を行い排出枠を得るCDM(栗―開発メカニズム)もこの方式になる。日本経団連はキャップ&トレード方式に反対している。排出量取引そのものも認めていない。
電力、鉄鋼、化学業界は正念場に立たされてきている。


東京都の環境確保条例の改正案

東京都は08年6月25日に条例の改正案を成立させた。10年度から実施する。原油換算で年1500kl燃料熱や電力を使う約1300の大規模事業所が対象。1000は大企業の本社やオフィスで300が工場。05年〜07年度の平均排出量を20年度までに15〜20%削減させる。自前の努力で目標に達しない場合は目標以上に減らした事業所から買い取って穴埋する排出量取引を導入する。


具体的な地球温暖化対策

イ、 住宅、不動産で商品化
 熱心な三井不動産 マンションでのエコロジーの取り組み。二酸化炭素の排出量を家庭用ガス給湯リモコンで表示。柏の葉キャンパスで一般家庭を対象に二酸化炭素の排出量のモニタリング。環境省のエコ・アクション・ポイント事業のモデル事業。
 積水ハウスは太陽光、パナホームは燃料電池付き住宅を販売。大和ハウス工業は中小ビル向けの省エネ支援事業開始。
 新日本石油も二酸化炭素半減のエコ住宅。
ロ、 サッポロビールが缶に二酸化炭素の排出量の表示(6月19日発表)
ハ、 カーボンオフセットが広がる。
日本郵便の暑中見舞いはがき。ローソンが日用品28品目に導入。三菱電機はエアコン。日産自動車は小型車で導入。京急百貨店は08年の中元ギフトで導入。
ニ、 松下電器産業が環境共存のプレスセミナー
6月24日に環境本部のグループマネジャーが環境配慮商品、リサイクル、環境配慮工場、物流、環境ガバナンスなどについて記者会見。
 

 
 
| 講演 | 08:18 | comments(0) | - | pookmark |
2008.05.07 Wednesday
トップが語る
ファンケル社長 宮島和美さん
 みやじま・かずみ
 神奈川県生まれ。73年成城大学文芸学部卒、同年ダイエーに入社。99年5月同社常務執行役員秘書室長。01年1月ファンケルに入社、同年6月取締役常務執行役員社長室長。07年3月代表取締役社長。58歳。
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 正直な経営を目指す 

化粧品とサプリメント(栄養補給剤)など肌に触れたり、口に入る商品を扱っています。一番気を使うことは何でしょうか?
 正直な経営を心掛けていることです。決算でも毎月出しており、外からみてわかりやすいことを心掛けています。何か問題があれば、すぐに公表します。記者クラブに行って、こういう問題があります、と話します。問題によってはすぐにわからないことがあります。そうした時でもまず公表して後で調査結果を明らかにします。一連の食品や製紙会社の偽装事件を見ても、対応が遅すぎます。まづは公表することですね。
 −今まで事故や大きなクレームはありましたか?
07年5月と6月に商品を回収しました。原料メーカーのミスでしたが社告を出してお詫びをしました。原料にガンマー線の照射をしていることがわかりました。日本ではジャガイモの芽を取ること以外は認められません。それで回収しました。あと一つは乳が原料に含まれていました。乳アレルギーの人もいますからこれも回収しました。こうしたことは原料メーカーからの申し入れでなく、ファンケルで調べて分かったことです。
ー会社ができて25年たちましたが、経営理念ではどんなことをうたっていますか?
「もっと何かができるはず」というものです。02年に半年かけて作りました。具体的には「人間大好き企業」のファンケルグループは、世の中の「不」の解消を目指し、安心・安全・やさしさを追求します。常にお客様の視点に立ち、「お客様に喜んでいただけること」をすべての基準にします。社員証に書いてあり、毎日見れるようにしています。
一般には安全が先に来ますがファンケルでは心が大切ということで安心を先にしています。また、消費者の視点でものを見るために株主総会も土曜か日曜に行い、たくさんの株主に来てもらってます。総会で株主からの商品の苦情や提案などあり、それを商品に結びつけたケースもあります。かって勤めていた、ダイエー時代は価格は流通業者が決めるもとと頑張ってきましたが、今では消費者が決めるものと、考えています。
―障害者の雇用はどのようにしていますか?
99年に特例子会社としてファンケルスマイルという会社を作り、そこで働いてもらっています。この会社では障害の在る人に対して、責任を持たして仕事を任せています。商品の発送や名刺の作成などをしています。40人ほど働いており、黒字になっています。自分たちの働きで世の中に貢献している、という意識が大切だと思います。従業員の1・8%を雇用しなさい、という決まりよりも、どのように障害者に働き甲斐が在る、という意識を作ることが大事だと思います。
―健康のためにファンケルの商品は使っていますか?
青汁、サプリメントを毎日飲んでいます。青汁は花粉症にも効果があります。このほか週に一回は10キロ歩くようにしています。健康でなくては社長は務まりません。小集団活動をピカピカ活動と名づけてしていますが「心の背筋をぴしゃっと伸ばす」を心に命じています。

| 講演 | 09:42 | comments(0) | - | pookmark |
2008.04.06 Sunday
3月8日に福島県喜多方市に講演に行ってきた。喜多方市の白井英男市長は東大経済学部で同期であり、農林省に勤めていた。私が農林省の担当の時に知り合ってから、市長選に出る際に応援をした。「一度、喜多方市に行きたいので、講演会でも開いてくれないか?」と話していた。たまたま、外務省のOBで宮内庁の東宮大夫を勤めた古川清さんが福島県郡山市の出身で、喜多方市で病院をしている佐原元・理事長と知り合いで親しくしていた。たまたま佐原さんの娘と私の次女が大学が一緒と言うことで、講演会を二人でしようと運動をしてきた。喜多方市も財政難と言うことや市町村合併などがあり、バタバタしているうちに4年経った。昨年秋に古川さんに佐原さんから「来年には何とか講演会が出来る」という連絡が入った。あきらめていたのが突然、実現することになった。
 私のテーマはトヨタ自動車の成功物語の秘訣を書いた「トヨタモデル」についてあり。古川さんはイスラム世界のことを話すことになった。
 8日は午前9時、東京発の東北新幹線で古川さんと自由席の1号車で待ち合わせて行った。車内で古川さんは明治時代に社会福祉活動をした瓜生岩子さんのことを話してくれた。古川さんは佐原さんから頼まれて瓜生岩子さんの応援団になっている。8日に泊まる山形屋旅館が生家のようである。郡山に着くと佐原さんが駅まで迎えに来てくれた。1時間10分で喜多方に着いた。昼は有名な「まこと」で喜多方ラーメンを食べた。佐原さんの奥さんも一緒になった。
 午後1時30分から押切川公園体育館で「世界平和と地域振興講演会」が始まった。白井市長が挨拶した後、私の「トヨタモデルに学ぶ地域振興」というテーマが最初であった。トヨタ自動車は愛知県に12工場を作り、福岡や北海道、宮城県などは子会社で経営している。愛知県や名古屋市、豊田市などにトヨタ自動車が雇用や財政上で貢献していることを具体的に話した。トヨタ自動車はいまやグローバル戦略を取っているので、国内よりも米国や中国に工場を作る作戦であり、喜多方市などに工場を作る、という考えはないと言うことを話した。
 喜多方市としては過疎化の流れの中で何とか、工場を誘致したいと言うのが白井市長の方針である。そのために講演会を開いた。シャープが液晶テレビを作るために中国でなく三重県亀岡市で工場を作り成功した話をした。トヨタ自動車は世界一になるのだから、こうした日本の過疎化で悩む地域へ工場を作ることも必要ではないか、という話で終わった。
| 講演 | 10:37 | comments(0) | - | pookmark |
2008.03.23 Sunday
 「日本食レストラン普及推進機構」(略称JRO、理事長・茂木友三郎・農林水産物等輸出促進全国協議会会長)は「日本食の魅力を世界へ」をテーマに世界各国の日本食レストラン関係者を招いて、日本食を普及するためにフォーラムを開催する。3月27日、28日の2日間で都内のホテルニューオータニで行う。この推進機構は日本食の魅力を世界に知らせるとともに世界各国の日本食レストランのサポートや教育をするために07年7月に農林水産省の応援で作られた。
 茂木理事長が「日本食の良さを世界に知らせて、日本の柔道のように世界に普及させたい」という基調講演をいた後、米国、英国、タイで日本レストランをしている経営者に現状をスライドで見せる。パネルディスカッションでは「日本食を世界の人々に」ということでニューヨーク、サンフランシスコの経営者が議論する。28日は日本でレストランを経営している京都の「菊乃井」の村田吉弘氏、銀山温泉旅館「藤屋」の女将の藤ジニーさんの講演がある。
 これに先立ち3月17日の記者会見で外人記者から「この推進機構は世界にある日本のレストランに対して、規制するためではないか。スシ・ポリスではないか?」との質問が集中した。これに対して茂木理事長は「日本食の作り方を知らない人が生魚の処理を間違えて中毒など起こしているケースがある。このために安全安心のキャラバン隊を送らなくていけないのではないか、という意見が出た。しかし、日本食レストランを監視したり許可を与えたりする考えは全くない」と答えた。
| 講演 | 09:03 | comments(0) | - | pookmark |
2007.10.06 Saturday
異業種交流会の「大圓会」の森川宗弘さんから10月10日の例会の案内が来た。「93歳の現役の秘密」という演題で講師は茂在寅男さんである。この名前を見て5月16日に会ったことを思い出した。この日も茂在さんが講演した。この会は高島屋にいて現在は社会教育家として活躍している江見明夫さんが主催している「五育村塾」での講師だった。
 この会は帝国ホテルの隣の大和生命ビルの中にあるエスカイアクラブ日比谷店で毎月第三水曜日に午前11時40分から午後3時まで行われている。ニュービジネス協議会(NBC)の専務理事であった下村澄さんから紹介されてこの会に初めていった時のことだった。この会は江見さんが「知育、徳育、笑育、食育、保育」の五育を普及させなくてはいけないと作った。私が始めていったときは25回目の例会であった。事務所に近いこともあって気楽な気持ちで参加した。会費は3500円で食事とコーヒーが付いている。ソファーに15、6人が座って講師の話を聞く。
 どんな会か、と興味があったが老人が多いのには驚いた。江見さんの知り合いが多いのだろうと思った。茂在さんは東京海洋大学名誉教授という肩書きであるが、東京高等商船学校を出てから鳥羽商船学校教官や東京商船大学の教授をした後に、東海大学海洋学部教授など歴任している。茨城県の生まれで寅年、寅の日、寅の刻に生まれた。
 ビックリしたのは年にもかかわらず、立ったまま1時間30分話し続けたことでる。耳に補聴器をつけていることが年であることを感じさせるが、声は大きいし顔の艶もよい。話の内容はいささか神がかっていることが多かった。「ラッキー・ミラクル」を体験したということで新潟中越地震を1時間前に予測したり、航空事故の発生を予感して友人に話している。「超能力者・霊能者に学ぶ」(布施泰和著)の本に出ていることも紹介された。このほか明治33年に乗組員122人全員が犠牲になった「練習船月島丸」の慰霊法要が営まれたときに偶然に当時の松本船長の孫に会われて、法要が盛大に行われた、という。
 聖路加国際病院の日野原重明理事長は96歳で元気というが、診察中に聴診器を持って居眠りしている、といううわさもある。疲れが出るのであろうが、そうしたことを聞くにつけても茂在さんの元気振りには驚いた。10日が楽しみである。
| 講演 | 08:07 | comments(0) | - | pookmark |
2007.08.27 Monday
 新宿のはずれにある花園神社はそばにゴールデン街の飲み屋もありなじみのある神社だ。この宮司さんは片山文彦さんでもともとはお医者さんである。それが何の因果か宮司になっている。小田急電鉄の広報部長だった岡村進さんが新宿を楽しむ会を開いていた時に紹介された。その後で「Japan Now観光情報協会」の新宿支部長になったので親しさが増した。この片山さんが毎月は花園神社で研究会を開いている。神社というのは祭りの時とかに行くぐらいでなじみがないということで何とか人を寄せようと開いているものだ。すでに486回開いている。この研究会で8月9日に小池百合子・前環境相が「環境の世紀 日本の世紀」で講演することが2カ月前に決まっていた。小池大臣の時に雑誌コロンブスで連載している「観光立国を支える人たち」に出てもらったこともあり出席の返事を出した。ところが久間防衛相が「しょうがない」発言で辞任したために急遽その後任になった。中止になるのかと思ったら、環境ジャーナリストの枝廣淳子さんが代わりに講演する、という。小池さんに合えないのは残念だが、枝廣さんという人の話を聞きに行った。
 会場には「Japan Now」の事務局をしている小田急出身の杉行夫さんも来ていた。枝廣さんはアル・ゴアの「不都合な真実」を翻訳した人であることがわかった。話の切り出しは環境問題で通訳するのに一番困る言葉は「もったいない」ということだそうだ。さらに「環境問題を解決するために伝えること、つなぐことでうねりを作り出したい」と話した。現在の地球の炭素収支は31億ドルは海と陸で吸収できるが、実際に出している量は72億ドルでオーバーしている。こうした余分な炭素が地球の温暖化を進めてゆきロシアなどにある永久凍土などが溶け始めてきている。このためには炭酸ガスの排出量が少ない風力発電などを進めていかなくてはならない、と主張していた。質問の時間になった時に片山宮司が「原発はどう評価しますか?」と聞いた。これに対しては「環境問題の上からは良い手段ですが、地震対策などで問題があり、今以上増やすのは反対です」と答えていた。8月14日付の毎日新聞の人欄で「自分を変えることで温暖化が止められる」というタイトルで枝廣さんが紹介されていた。44歳で夫と娘2人で川崎市で暮らしている。ピンチヒッターがホームランを打った。 
| 講演 | 10:49 | comments(1) | - | pookmark |
2007.07.02 Monday
日本ウズベキスタン協会で毎月「トークの会」を開いている。浜松町の駅前にある日本フードサービス協会(JF)の会議室を使っている。協会の会長は日比谷高校の同級生の嶌信彦君が勤めている。協会の事務局は同じ日比谷高校の同級生の永峯和恵さんが手伝っている。トークの会の責任者も檜山彰君で日比谷の同級生である。この会はウズベキスタンからの留学生であるムニサさんが幹事で、いろいろな留学生を連れて来て話を聞く。ウズベキスタンの人だけではなく中国や韓国の留学生も来る。ミャンマーの留学生のミョー君が来るというので、行ったのがこの会に出た始まりである。ミョー君は一橋大学で学んでいて、一度プレスセンターで食事をしながらミャンマーの話を聞いた。このミョー君もメールでミャンマーに帰ったと、知らせてきた。
 6月19日はバーレーンのハッサン・ヘジャイリさん(25)が講師である。ヘジャイリさんは一橋大学大学院で「バーレーンと湾岸諸国の比較経済史」を学んでいる。ヘジャイリさんによると人口は70万人で国土の広さは日本の奄美大島と同じである。私もバーレーンについては何も知らないので興味があった。地図で見るとサウジアラビアの東にある島でカタールの隣である。1971年に英国から独立した国であり、首都はマナーマで人口の80%はシーア派で20%はスンニ派である。ヘジャイリさんはシーア派で、警察官や教員はスンニ派が抑えている。その上に失業率は25%で若い人でシーア派の人が多い、という。
 ビールを飲みながらの気楽な話なので「何で日本に留学したのか」と聞いた。広島にいる人と文通しているうちに日本に関心を持った。空手も習っている。日本に対しての印象は「街がきれいなことに驚きます」と言う。今の日本がきれいといわれると面映い気がした。日本に来る前は米国のシカゴ大学で勉強した、という。バーレーンには良い大学がないので日本で学んで、日本で働く希望を持っている。妹は英国に留学した。趣味はウードという6弦の日本の琵琶のようなものを弾くことである。アラビア人のようにシマークというスカーフに黒い輪のエガールを載せて、ウードを弾いてくれた。日本の曲の桜まで弾いてサービスしてくれた。最後は空手の型を披露した。その後の中華料理屋では豚肉の入ったものは食べなかった。アラビア人は豚は食べないことを改めて知った。ビールや紹興酒は飲んでいた。
 
| 講演 | 09:08 | comments(0) | - | pookmark |
2006.02.06 Monday
絵に造詣の深い八代亜紀さんに感激

日本長期信用銀行(現新生銀行)の常務をして日本リースの社長だった岡本弘昭さんが、退職した後、月1回若手の経営者を呼んで勉強会をしている。「21世紀企業経営懇話会」と題して千代田区丸の内にある全国銀行協会にある「クラブ関東」で開いている。いつもの会では経済人が話すのに1月18日は歌手の八代亜紀さんが講師であった。「歌と絵と私の人生」というテーマである。
 この会はいつも十人前後なのにこの日は20人が参加した。最初に矢代さんのために自己紹介をしたが、私は演歌が好きなので矢代さんの「夜は紫」「池袋の夜」が好きと話したら八代さんは笑いながら「その歌は私のものではありません」といわれて恥を掻いた。八代さんの言い方が笑いながらだったので救われた。八代さんの歌は「お燗はぬるめ目の避けが良い」という「舟唄」や「おんな港町」であった。
 その後、八代さんが話した。歌手になって36年目になる。1967年にレコード会社に入ったが、お金が無いとレコードが出ないということなのでクラブで働きながら金を稼いだ。クラブ歌手として働いているうちにレコードを出すという話があり出したが、売れなかった。7年目にこのままではだめだということでけじめをつけるために読売テレビの「全日本歌謡選手権」に出て駄目ならやめようと、決意した。ところが十人勝ちぬいた。これは五木ひろしも十人抜きをして売れるようになった。
 八代さんはその後、「なみだ恋」が出世作になり、「女ごころ」「しのび恋」「おんな港町」「愛の終着駅」「舟唄」と演歌でヒットを飛ばしていった。現在、「骨までしびれるブルースを」と「最後の女」を売り出し中である。
 八代さんでびっくりしたのは絵がプロなみだと言うことである。小さい時から絵を描くのが好きで書いてきた。絵を描いているうちに腰痛になったほどである。展覧会に出すのもフランスで挑戦して、5年間当選を続けた。このためにこの展覧会では無審査になっている、という。1カ月のうち10日間は絵を描き、10日間はコンサート、残りは歌の練習やその他のことに使っているほど。八代さんが講師になっている「ミリオン・アート・スペース」という絵画サークルもある。
 「私にとって歌は命 そして絵はそれを支える精神なのです」と言っている。熊本出身と言うことでペルーのフジモリ大統領を応援しており、ペルーに工業技術専門学校を作っている。ここから多くの技術者が社会に出ている。
 さらに73年から日本の少年院を慰問している。八代さんは華やかな歌手として歌っているだけでなく社会に奉仕している。知らない面を教えられた。
| 講演 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(61) | pookmark |
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