2009.07.03 Friday
 テレビ朝日の社長に初めて生え抜きの早河洋社長(65)が6月25日の総会後の取締役会で就任する。同社は65年に就任した横田武夫社長(5代目)から君和田正夫社長(12代目)まで朝日新聞社の出身者が社長を務めてきた。早川新社長は67年にNET(日本教育テレビ)に入社して、以来、朝日新聞社出身の社長に仕えてきた。早河氏が社長になったのは広瀬道貞・元社長(現民放連会長)に可愛がられた、という。朝日新聞社の株主の村山美智子さんの株をテレビ朝日で引き受けて、朝日新聞社の株は減らすという、ことを広瀬氏と仕組んだことが評価されたと言う。
 ただ、早河氏には早くも女性や金の問題でスキャンダルがうわさされている。早河氏が専務時代に「週刊現代」で07年6月2日号で「『テレビ朝日』次期副社長の封印されたスキャンダル」ということで、早河氏が社内接待を受けたり、女性アナンサーと交際していたことが書かれている。この問題はテレビ朝日と早河氏が講談社に2億円の損害賠償を請求して、和解が成立している。
 あるテレビ朝日の関係者は「早河さんは下請けの制作会社から多額のリベートを受け取ったり、女性との付き合いなど多いと聞いている。朝日新聞社の社長にはそうしたことはまったくない。君和田社長などは制作会社などからの贈答品も送り返しているといわれている。この点が心配だったが他に生え抜きでは人材がいなかったと言うことでしょうね」という。
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2008.02.07 Thursday
1月29日に郵便局に介護保険料の振り込みに行った。今までならプレスセンターのそばにある飯野ビルの中にある郵便局に行く。ところが飯野ビルが建て直すために25日に閉鎖された。このためにちょっと遠い昔の郵政省本省あったビルにある郵便局に行かざるを得なくなった。私が5年前にプレスセンターに事務所を持った時には、プレスセンターの地下1階に郵便局があり便利だった。ところが郵政民営化になる前にこの郵便局は閉鎖されてしまった。
 貯金・保険という看板があるが、振り込みはどこに行くかわからない。貯金・保険のところで良いというので順番待ちの紙を取った。何と16人が待っている。仕方がないので待っていた。30分待ってやっと番が来た。若い女の子が窓口である。思わず言ってしまった。
 「6200円振り込むために30分待たせるとはひどいじゃないか?」
 女性はただ「お待たせしてすいません」というだけである。
 「飯野ビルの事務所を閉鎖してどうして近くに作らないのか?こんなことでは銀行に負けてしまうぞ」と大きな声で言った。最近は怒った後の後味のわるいことと血圧が上がるので我慢するようにしていたが、さすがに堪忍袋が切れた。
 「あなたに行っても仕方がないが、西川善文社長に言うべきなのだろうが、おひざ元の郵便局がこんなことで郵政民営化が泣くぞ」と大きな声で後ろの男の職員に聞こえるように言った。
 このビルには朝日新聞の記者時代に記者クラブがあり、大臣や事務次官などの記者会見に出た。懐かしいビルなのにサービスがこんなに悪いとはびっくりした。郵政省時代の郵便局のほうが早く処理してくれた。
 私の恩師の大石康彦・東大名誉教授は郵政省の貯金について理論づけをした郵政派である。大石先生は「貯蓄経済理論研究会」を月に1回していた。35人ほどの大学の教授が集まっての勉強会である。私もそのメンバーに入れてもらっていたが大石先生や滝川好夫・神戸大大学院教授などは民営化にするとサービスが落ちる、ということで民営化に反対であった。私は民営化はやらないと赤字になり大変になる、と主張して対立した。29日の郵便局の窓口の体験をしたら、サービスは民営化で悪くなったのは間違いないだろう。
| 通信関係 | 08:41 | comments(0) | - | pookmark |
2005.12.18 Sunday
ニュース部門でアサヒ・コムがトップに

 若い人の集まりに行ってきた。おじんの私にとってこうした集まりは居心地は良くないが、若い人の考えや行き方が分かりそれなりに勉強になる。ソフトバンクの田部康喜・広報室長は朝日新聞の論説委員を辞めて就任した。私の経済部時代の部下であったが、ソフトバンクの孫正義社長とは一緒に会っていた。こうした縁から朝日新聞を辞めたときに孫社長からスカウトされた。
 この田部君の所に取材に行くうちにヤフーに取材をはじめ、資料が届くようになった。11月に月刊ホームページガイド「ヤフー・インターネット・ガイド」主催で今年のベストサイトを選出するコンペティションがある事が発表された。その結果の表彰式が12月7日にあった。夜7時過ぎから地下鉄日比谷線の六本木駅の側の「ヴエルファーレ」で行われた。経済界のこうした表彰式は都内のホテルで夜6時ごろから行われるのが普通なので時間も場所もいつもの表彰式とは違う。
 会場についてびっくりしたのはビルの外がコンクリートが剥き出しで、入口が分からずウロウロした。受付に若い人がばかりがおり、ロッカーも500円いれて荷物を預かる。10人がロッカーに入れているのもいたが私などは荷物が一個なので損した感じである。遅れていったので授賞式は終わっており、受賞者が料理を食べていた。舞台で受賞者が写真をとっていたが茶髪やピアスをつけた女の子が多かった。ニュース部門で私がいた朝日新聞の電子電波メディア局が作っているアサヒ・コムが1位になっていた。2位は「ニッケイ・ネット」、3位は「共同通信」である。
 朝日新聞の人にも会わずに、会場を一人で回ったがひげを伸ばし、靴はケミカル・シューズであり何時も付き合う人とは違っていた。
 10日は東大農学部弥生講堂一条ホールで開かれた「見よう!聞こう!語ろう!フリーランスヘスフェスティバル」に行った。この会は朝10時30分に開かれた。私は2時過ぎに行き、アジアプレス代表の野中章弘氏が司会の「時代を記録する−闇に光を当てるジャーナリストたち」のパネルディスカッションを聞いた。ジャーナリストの土井敏邦氏は「私は企業ジャーナリストになろうとしたが落とされて、好きなことをしてます。今はパレスチナがライフワークになってます」と言っていた。
会場は若い人たちで埋まり、熱気がむんむん漂っていた。若い人たちの行動と発言はしっかりしていると思う2日間だった。

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2005.10.15 Saturday
 毎日新聞社で取締役編集局長をした歌川令三さんが「新聞がなくなる日」(草思社)という本を出版した。私は歌川さんがワシントン特派員から帰ってきたしばらく日銀の記者クラブにいた時に一緒に取材した。その取材力の素晴らしさは森永日銀総裁が辞め後任に前川副総裁がなった時に、発揮された。日経は澄田・前輸銀総裁と書く間違いをした。その時に毎日は前川総裁と書いた。朝日は迷ったがぎりぎりで前川さんと書き恥をかかずにすんだ。
 こうした力のある記者が新聞の退場論を書いたことに興味を持った。この本は「新聞はなくなって欲しくない」と思っている著者が現実は厳しいと言うことで具体的な現象を基にして書いている。「万古不易」なものは無いということで20世紀には黄金時代を築いた新聞も2030年までに無くなると言う仮説を立てている。その理由としてあげているのは‖霰枩度に守られている古い金属疲労が目立つ新聞業界のビジネスモデル▲ぅ鵐拭璽優奪箸療仂譴砲茲蠎禺圓鮹羶瓦傍こっている新聞離れの加速A膿佑砲茲襯縫紂璽瓮妊アであるブログの挑戦に揺らぎつつある権威、という3つからこの仮説の検証をしている。
 宅配制度は日本独特のものであり、この制度のために新聞代が高くなっている。いろいろな景品を出し買ってもらっている新聞は高くなる。さらに2011年に地上波テレビがデジタル化したらテレビで番組が見れるようになり、ラジオ・テレビ欄の必要が無くなる。この欄だけを見るために新聞を読んでいる若者たちは新聞をますます取らなくなる。さらにインターネットを利用して自分の意見を言う人が増えており、韓国ではこうした素人を集めた電子新聞「オーマイ・ニュース社」が利益を上げるまでになった。この会社には市民記者が3万5千人おり、既存の東亜日報などの新聞を脅かしている。
 米国でも韓国でも今やこうした電子新聞がどんどん出来ており、両国を調べた著者は日本も何れはこのようになると断言している。
 今から7年前に日本新聞労働組合連合会の編著で「新聞が消える日」(現代人文社)―2010年のカウントダウンーという本が出版された。これは「合理化とリストラに直撃されたいのちと新聞」ということだが現実はそのようになってきている。新聞社の良心といわれてきた朝日新聞で相次ぐ不祥事が起きNHKとのトラブルを見ると著者の言うこともあながち先の事ではないという感じになる。私が非常勤講師をしている聖徳大学短期学部の編集・文芸2年生の16人の中で新聞を読んでいるのは1人である。
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