2020.02.04 Tuesday

今年の経済見通しはオリンピック後も心配なし
日本記者クラブはオリンピックのある今年の経済見通しを1月から始めた。5人の講師
が2月3日の岡三証券の高田創・理事までが話した。記者クラブでの見通しについては日
ごろクラブに来ない人も来る人気のある発表だ。最初に発表したのは第一生命経済研究所
の熊野英生・経済調査部主席エコノミストで「五輪後の日本経済」というテーマで話した
が、「日本経済は今年は悪くはならない。五輪後も前回のような64年の不況にはならな
い。政府の政策の効果が出てくる」と話した。
次いでBNPバリバ証券の中空麻奈・市場調査本部長が「金融リスク」、森健・野村総
合研究所上級研究員が「デジタル時代の経済」中国経済は丸紅経済研究所の李雪連・シニ
ア・アナリストが説明をした。5人の話を聞いて今年の経済は新型インフルエンザのよう
な問題はあるものの「大きく落ち込むことはない」というのが結論のようである。

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2020.02.04 Tuesday

東大経済学部卒の企業経営者が「日本にノーベル経済賞を」と要望
東大経済学部は2019年に創立100周年を迎えたが、経済学部で出している2月発
行の機関誌「経友」で5人の経営者が経済学部への感想と要望を書いている。最初に出て
いるのは富士フイルムホールディングスの古森重隆会長(昭和38年卒)。「企業経営者
がやるべきこと」ということで企業経営の在り方について書いている。富士フィルムは
21世紀の初めにデジタル化で毎年需要が2,3割減り続け倒産の危機に超面した。米国
ではコダックが倒産したほどである。そうした中で古森氏は企業の改革を進めた。コトラ
ー教授の唱えたマーケティングセオリーの4pや7Pを使い、このほかに2S(短期と長
期)で思い切って人減らしなどを進めた。こうしたことが経営者には必要だ、と書いてい
る。
伊藤一郎・旭化成名誉会(昭和41年卒)は「国家の先導役を果たすのは経済学・経営
学であると考えています。この自覚と誇りをもって活動してほしい」と述べるとともに次
の100年の計画には「東大経済学部の出身者の中からノーベル賞受賞者を出すことを入
れてほしい」と要望している。旭化成からノーベル化学賞を受賞した吉野彰名誉フェロー
が出てこともありノーベル経済賞を受賞してほしいという。
後藤高志・西武ホールディングス社長も「ノーベル経済賞の受賞者の出ることを期待す
る」と書いている。このほか釜和明IHI相談役(昭和46年卒)、佐藤康博みずほフィ
ナンシャルグループ会長(昭和50年卒)、國部巌・三井住友フフィナンシャルグループ
会長(昭和51年卒)もそれぞれの期待と要望を述べている。

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2020.02.04 Tuesday

追悼録
重光武雄ロッテグループ創業者
1月19日ソウル市内の病院で死去。享年98歳。
私が朝日新聞経済部で昭和46年から2年半食品関係の担当の時に重光さんに会った。
韓国名(辛格浩)を堂々と名乗っており、チュウインガムの自由化が問題になっていたの
を聞いたところ「日本のメーカーは米国や欧州のメーカーに比べてまだ弱いので自由化は
もう少し時間をかけてほしい」といっていたことを思い出す。番頭役に小川さんという人
がおりこの人に会って取材してほしいということで、重光さんと会うことは少なくなった

息子の争いに巻き込まれて困っていることを新聞で読んで気の毒なことだと同情してい
た。ロッテ球団も作った。

 

佐藤安弘キリンビール元社長
1月24日虚血性心疾患のため死去。享年83歳。
キリンビールは業界でトップの地位を占めていたが、アサヒビールに追いつかれぬかれ
たことから業績が悪くなった。佐藤さんが社長になった時が最悪な状態で大規模なリスト
ラをした。「100年の歴史で最初のこと。大変だった」といっていた。このリストラを
機にキリンの反転があった、といわれている。


水口弘一・元野村総合研究所社長
1月7日 死去 享年88歳
私が地方の前橋支局から昭和46年2月に東京経済部に上がってきて最初の担当は証券
業界だった。当時円の切り上げが問題になり1ドルいくらになるかが経済部の競争であっ
た。私は当時政界に強いといわれた野村証券の瀬川美能留・会長をマークすることになっ
た。毎朝、車で青山にある瀬川邸を訪れて取材した。その時に瀬川邸に来ていたのが秘書
の水口さんだった。そこで親しくなり情報ももらった。この水口さんが経済同友会の専務
理事になり、財界担当の私と付き合うようになった。代表幹事の会見には専務理事が出席
して会見を進める。「阿部ちゃんよろしく頼むよ」という声を今でも思い出す。当時の代
表幹事は石原俊・日産自動車会長だったと思う。
東大経済学部の卒業ということも同窓で親しみを覚えた。


荒川和夫元サッポロビール社長
1月5日死去享年92歳。
田中和泉・元TBS社長
1月20日心不全で死去。享年88歳。
1989年から91年まで社長を務めた。株の損失補填の問題が明るみになり辞任した
。経理局出身の初めての社長で宇宙特派員プロジェクトとして秋山豊寛氏を初めて宇宙飛
行に送り出した。


坪内祐三・評論家
1月13日急性心不全のために死去。享年61歳。
月刊誌「東京人」の編集者を経て評論家になる。夫人文子さんは朝日新聞論説委員で元
ワシントン特派員の山脇氏の元妻。


佐藤研一郎ローム創業者
1月15日閉そく性黄疸で死去。享年88歳。
立命館大の学生時代に抵抗器を開発して1954年ロームの前身である東洋電具製作所
を設立した。71年にシリコンバレーに進出するなど海外展開をして世界的な半導体メー
カーに育てた。私が日経新聞出身の徳永卓三が作った月刊誌「起業家倶楽部」に京都のベ
ンチャー企業を連載した時に「ローム」を取り上げた。佐藤氏はインタビューに応じなか
った。

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2020.01.03 Friday

閉そく状態の新聞ジャーナリズム?
政治関係の講演を聞いた。一つは「広報ソリューション懇話会」での日経の論説フェロ
ーの芹川洋一氏と、日本記者クラブの有志で行っている「日本ジャーナリスト懇話会」で
の朝日新聞政治部編集委員の高橋純子氏の講演である。いずれも約1時間の講演した後で
質問を受ける。二つの講演を聞いて今の安倍政権のいきづまりと新聞ジャーナリズムの閉
そく状態ということを感じた。日経と朝日にいるベテランから「今の若者たちが新聞、テ
レビを見なくなっている。何とかしなくてはいけないがスマホやツイッターなどでニュー
スを知ればよいというのである。こうしたことをどうにかしないと日本の政治だめになっ
てしまう。何とかしなくてはいけない」と危機感を募らせていた。若者たちの右傾化や政
治への関心の低さということより新聞、テレビに見向きもしなくなっていることを心配し
ている。こうした若者たちの動きに合わせるように安倍政権がやりたい放題して長期政権
が続いている、と分析する。
こうした状態を打開するためにどうしたらよいか。高橋氏は「メディアが分断されるこ
となく、力を合わせて安倍政権に立ち向かわなくてはならない。安倍政権が思うようにな
らないようなことをしなくてはならないのだが」と話す。芹川氏は「メディアが新聞、雑
誌、テレビ、ネットと4層化しており、その中で政権がメディアをかき回している。一番
勢いが良いのはネットでありこれがなんともわからないことが多い。このネットを古いメ
ディアと協調するようにしなくてはいけない」と指摘する。二人ともメディアが分断する
ことなく協力して安倍政権に立ち向かわなければならないという。しかし、この長期政権
に対して今の若者は歓迎しているふしが見受けられる。私たち古いジャーナリストは香港
の若者に比べて歯がゆい。芹川氏はネットによって個人が発信することで透明性が高まる
というメリットがあるが社会の分断が進み、フェイクニュースが流れやすい状況になって
いる罪もある、と指摘していた。
自民党の大勲位である中曽根康弘氏が101歳で死去した。私は約50年前に朝日新聞
の駆け出し記者の時代に群馬県の前橋支局にいた。1970年12月に総選挙があった。
当時は中選挙区制で群馬県は3区に分かれており、中曽根氏は群馬3区で高崎市、安中氏
を中心にした選挙区である。この選挙区は福田赳夫、小渕恵三、社会党の山口鶴男が戦い
、この年は公明党から庭山昌氏が立候補した。毎度、トップは福田で次いで中曽根、山口
、小渕の順であった。ところがこの時は中曽根がトップになった。福田を抜いたのは初め
てだったので中曽根さんは「福田さんに勝った」と喜んでいた。この選挙では中曽根陣営
は猛烈に運動をしていた。
この中曽根の後に社会党の石橋政嗣の死去が報じられた。石橋は長崎県・佐世保を選挙
区にしており、私も長崎支局が最初の勤務地だったので関心はあった。当時石橋は安保問
題で吉田茂などと国会で討論して、負かす勢いだった。この国会の討論は見ものであった

この日、私は「こうした論争が国会であれば若者たちも関心を持ってくるのではないか
?」と高橋氏に訪ねた。高橋氏は「今は小選挙区制でこうした政策については選挙民が関
心を持たないので議員が勉強しない」と答えていた。小選挙区制になり勉強する議員が少
なくなったのも事実だろう。しかし、国会は議論するところであり、二人の議員の死去を
聞いて、国会の論議が昔のように活発になることで若者の関心が高まることを期待したい
が。

| その他 | 15:07 | - | - | pookmark |
2020.01.03 Friday

皆の協力で30周年の行事を無事終える

「Saron de Monsieur」(有志で出してる文芸誌)の第1号(創刊号)で「日本不動産ジ
ャーナリスト会議25年」という原稿を書いた。その時には25周年で何もしないので次
の節目の30周年にはなにかしたいと書いた。1年ぐらい前から何をするかを考えてきた
。70人いる会員にも何か企画案があれば出してほしいとメールや会合で訴えた。会員の
老齢化と忙しいこともあってなかなかいい案が出てこない。
20周年の時には評論家の田原総一朗氏の講演と不動産学会の三橋博己・会長の講演を
行い、そのあとで感謝のパーティーを開いた。
今回は私の発案で「ジャーナリストの集まりなのだから対外的に情報を発信しよう」と
いう提案をして、一人800字以内で今までの活動を振り返るなり、今後の不動産市場の
将来の動向を書くことを決めた。幹事の千葉利宏君が各会員に原稿を書くようにメールで
呼び掛けた。なかなか原稿が集まらずに千葉君は何回も催促のメールを出した。
最終的には記念特集として25人から原稿が集まり千葉君が原稿を「不動産・住宅産業
とは?」「マンション問題」「人口問題と住宅市場」「住宅市場の将来像」「不動産・住
宅ジャーナリズムとは?」「未来社会を展望する」という6つに分けた。短い論文だがそ
れなりに鋭い視点があり「面白い」という評価をいただいている。
このほかに「Society5・0時代の不動産・住宅市場」の講演会をした。10月4日に日
本プレスセンタービルの記者会見室で3人の講師を招いた。
今まで研修会の講師としてきた人は185人に上った。この講師の中に片山さつき・
前地方創生大臣がいた。片山さんはバブルがはじけた後の97年11月11日に研修会に
来ていただいた。当時は大蔵省の銀行局総務課債権等流動化室長だった。大蔵省の幹部の
不祥事が出て時代で、公務員が自粛しているときだった。片山さんはコーヒ―にも手を付
けずに講演をして帰っていった。こうした因縁もあって片山さんに「30周年なので講演
をお願いします」と頼んだ所快く引き受けてくれた。
講師にはこのほか不動産学会の原科幸彦・千葉商科大学長、不動産に熱心に取り組んで
いるソフトバンクの丹波廣寅・テクノロジーユニットIoT&AI技術本部長がなってくれた。
片山・前大臣が来てくれたことで講演会も盛り上がった。
この講演会の時に30周年にわたって研修会に講師で来ていただいた人の名前を185
人書きだした。これを見ると30年前に来てくれた最初の長谷川徳之輔・建設経済研究所
常務理事をはじめ坪井東・不動産協会会長などすでに幽明境を異にしている人が多い。
資金集めに苦労する
こうした記念行事をするためには先立つものが必要である。こうした金集めは20周年
の時にも行っているので、代表幹事の私が責任をもって仕切った。大越武幹事、千葉幹事
にも協力を願って、不動産業界の有力者を回った。不動産協会の内田要副理事長・専務理
事、加藤・不動産金融支援機構理事長など建設省(現国土交通省)の有料OBの口利きで各
団体を回って集めた。協力していただいた団体の名前は記念文集の巻頭で感謝の気持ちを
込めて書いた。
これで30周年は終わったが、引き続いて次の40周年も来る。こうしたジャーナリス
トの集まりは珍しいがいつまで続くことやら。

| その他 | 15:07 | - | - | pookmark |
2019.12.03 Tuesday

オリンピックのゴルフ場の会場に異議
日本維新の会の松沢成文・参議院議員(前神奈川県知事)が11月29日に外国人記者
クラブで会見して「オリンピックの種目であるゴルフが埼玉県・川越市の霞が関カントリ
ークラブで行うことには問題がある。マラソン・競歩が猛暑対策で北海道に変更したが、
ゴルフの会場も変えるべきだ。そうでなければ死者が出たりして問題になる心配がある」
と訴えた。松沢氏は評論家の大宅映子さんなどと「ゴルフ改革会議を開き、霞が関カント
リー空ラブを会場にすることには異議を申し出て3年前に記者会見などもした。ところが
ルモンド、ロイターなどが取り上げただけで大きな反響を呼ばなかった。この秋にIOC が
マラソン・競歩を猛暑対策のために北海道に移すということが決まったことで、ゴルフ場
についても動かすべきだと再度、マスコミに訴えた。松沢氏は「IOCが場所を変更すれば
よいこと。気温など見ても川越はほかのところに比べて暑すぎる。ここを選んだJOCはお
かしい。霞が関の名前を高めるためにするとしか考えられない」と言っている。しかし、
あと8か月しか残されてない中で場所を変更するのは難しいだろう。松沢氏もそれは認め
ているが。

| その他 | 12:52 | - | - | pookmark |
2019.12.03 Tuesday

武藤事務総長はプロセスに問題があった
武藤敏郎・東京2020組織委員会事務局長(元大蔵省事務次官・日銀副総裁)は11
月15日に日本記者クラブで記者会見をしてマラソン・競歩の札幌開催について「決定し
たプロセスには問題があったが、結論はやむを得ない。あとは札幌開催を成功させるため
に全力を挙げるしかない。東京都には札幌開催の経費は負担させない」と述べた。それに
先立って11月14日に記者会見した森泰夫・組織委員会運営局次長も「この問題は明日
、武藤事務局長が話しますが、やむを得ないということです。アスリートファーストで運
営してゆきます」と述べた。
このほかこのオリンピック関係では11月27日に山下泰裕・日本オリンピック委員会
委員長が記者会見して「金メダルは30を目標にします。東京五輪の倍近くですが何とか
実現させます」と決意を述べた。

| その他 | 12:52 | - | - | pookmark |
2019.12.03 Tuesday

日経新聞の小河正義氏をしのぶジャーナリスト基金
17年11月に死去した」日経新聞編集委員の小河正義氏を記念して設立された「小河
正義ジャーナリスト基金」の第一回の助成者が決まり、日本記者クラブで表彰式がこのほ
ど行われた。受賞者は科学ジャーナリストの緑慎也氏と医療ジャーナリストの村上睦美氏
。助成金は30万円。基金の事務局は小河氏の同僚の元編集委員だった藤井氏が主宰して
いる環境金融研究機構。連絡先は藤井氏で電話
090−8728−2311

| その他 | 12:51 | - | - | pookmark |
2019.12.03 Tuesday

森美術館が未来と芸術展
森美術館は19年11月19日から20年3月29日まで「未来と芸術展:AI、ロボッ
ト、都市、生命―人は明日どういきるか」を開催している。AIなど最先端のテクノロジー
とその影響を受けて生まれたアート、デザイン、建築をとうして未来の都市、環境問題、
ライフスタイルなどのあり方を考える展示会である。都市の可能性など5つのセクション
で構成して100点を超えるプロジェクトや作品を紹介している。
なお、同館の南条史生館長は12月末で退任して特別顧問になり、片岡真美副館長が昇

格する。南条氏は06年から館長を務めていた。

| その他 | 12:50 | - | - | pookmark |
2019.12.03 Tuesday

日本記者クラブが創立50周年記念パーティー
創立50周年を迎えた日本記者クラブは11月1日に安倍総理などを迎えて記念パー
ティーを開いた。

| その他 | 12:49 | - | - | pookmark |
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