2020.04.04 Saturday

街路樹が都市をつくる
元都会議員だった立石晴康氏が1か月に1回の割合で築地本願寺伝道会館で開いている
都民塾がある。2月18日はコロナで中止する会が多い中で千葉大名誉教授の藤井英二郎
氏が「街路樹が都市をつくる」というテーマで講演した。スマートシティ(次世代型都市
)が言われる中で街路樹が都市をつくるという藤井氏は千葉大の造園学科の教授を務めて
いただけに街路樹については関心がある。

藤井氏によると東京など都市の変化に対して街路樹の管理が間違えている、という。強
剪定と植栽基盤不良で倒れやすくなっている。このままの状態が続くと東京などの街路樹
は温暖化の激化などに耐えられずに枯れる心配が出ている。予算を増やして街路樹の管理
をしっかりしないとこれからのヒートアイランドや温暖化に東京都の環境は悪くなる、と
警告している。

| その他 | 19:12 | - | - | pookmark |
2020.04.04 Saturday

日本のノーベル賞と科学技術の問題
日本記者クラブで毎日新聞の元村有希子論説委員が「ノーベル賞と日本の科学技術」の
テーマで講演をした。旭化成の吉野彰氏が2019年のノーベル化学賞を受けての講演に
なった。元村氏は毎日新聞で科学部長などをしており科学部門には詳しい。最初にノーベ
ル賞に絡んで3つの数字がある。「3人」というのは一つの賞には2人までで3人は認め
られない。「50年」というのは選考過程が50年間は非公開。「5%」というのは受賞
者の女性の比率。日本の受賞者は湯川秀樹以来24人になり今世紀だけでは18人と米国
に次いで世界で第2位。
これからの問題として/び悩む研究投資⊃び悩む論文数伸び悩む研究者の数、な
どを挙げた。さらに研究界を覆う問題として「成果主義」「若手を使い捨て」「研究費が
流行の分野に集中して多様性を失う」「大学教育の衰弱」などを挙げて将来への問題を指
摘した。

| その他 | 19:12 | - | - | pookmark |
2020.04.01 Wednesday

勝負はスマホで読まれること
「二水会」という会がある。第二水曜日に朝日新聞の経済部のOBが現役の記者から最
近の動きを聞いて勉強する。2か月に1回の割合で開かれている。定年退職しても実際の
経済の動きを知っておきたいということから始まったようである。私は5年ほど前から参
加した。2月12日に80歳を超える長老から60歳台の若手(?)まで14人がプレス
センターに集まった。講師は医療や介護を担当している浜田陽太郎・経済部編集委員であ
る。
浜田氏は自分が書いた記事を中心に今の貧しくなった社会の断面をいろいろと話した。
びっくりしたのは浜田氏は書いた原稿を新聞に載せるよりも「いかにヤフーニュースに載
せるかが勝負で書いている」と話す。浜田氏はデジタル編集部デスクにいたこともありデ
ジタルには関心がある。
新聞の一面トップに書いても若い読者は
読んでなくヤフーニュースに載れば反響が大きい。朝日新聞にとってもヤフーニュース
に載ればヤフーから金が入る仕組みになっている、ようである。スマートフォン(スマホ
)でニュースを読む若者が多くなっている。電車の中でも新聞を読んでいる人よりもスマ
ホを見ている人が圧倒的でありことでもわかる。
新聞社も紙からインターネットでニュースが読まれることでいろいろ取り組んできた。
朝日新聞でもかなり早い段階で「アサヒコム」を立ち上げて読めるようにした。新聞各社
もそれなりで始めた。しかし、無料で始めたこのサイトは新聞記事をインターネットでも
読めるという域を出なかった。
そうしたなかでヤフーは新聞社や通信社からニュースを集めて「ヤフーニュース」を流
した。新聞社は最初の段階ではヤフーにニュースを流すことに抵抗した。強い新聞社ほど
自分のところのニュースは流さなかった。こうした苦労は19年10月に出版された
「2050年のメディア」(文芸春秋、下山進慶大総合政策学部招聘教授)に詳しい。
ヤフーニュースを作っている「ヤフージャパン」と新聞社、通信社との戦いも詳しく書
かれている。96年にスタートした「ヤフージャパン」は05年3月期には売上は5年前
の20倍となりポータルサイトとしては成長した。これを見て朝日、読売、日経は08年
1月に「あらたにす」を作りニュースを流したが、4年足らずで閉じた。
08年にアイホンが発売されスマホでニュースが見られるようになってから、ヤフーニ
ュースがますます読まれるようになった。今や朝日をはじめいかにヤフーニュースに売り
込むかが勝負になってきている。
新聞社や通信社との戦いは今やヤフーニュースとの戦いになっている。新聞記者も変わ
らざるを得なくなって来ている。

| その他 | 13:49 | - | - | pookmark |
2020.04.01 Wednesday

神田松鯉氏の人間国宝を祝う会
講談界の第一人者の神田松鯉氏が人間国宝(重要無形文化財保持者)になったお祝いの会
が1月26日に帝国ホテルで開かれた。発起人代表は神田松鯉講談教室の桑原一男会長、
発起人には春風亭昇太・落語芸術協会会長、日本講談協会の神田紅会長、日本ペンクラブ
の吉岡忍会長、俳人協会大串章会長、神田松鯉友の会の出崎克会長などが名を連ねた。
最初に桑原氏が「寒い中をご来場いただきありがとうございます。私たちが講談を教え
ていただいている先生の神田さんが人間国宝になってこんなうれしいことはありません。
本日は神田さんを祝って、また励ましてください」とあいさつした。日本ペンクラブの吉
岡氏や大串氏らがあいさつし、神田氏は夫婦で壇上に上り「今日は本当にありがとうござ
いました。これからも臆せず、たゆまずに進んでいきたい」とあいさつした。壇上には弟

子の神田松之亟,鯉栄、あぐりなどが並んだ。松之亟が2月には伯山を襲名することが披
露された。
最後は朝日新聞のOBである轡田隆史さんが三本締めで締めた

| その他 | 13:48 | - | - | pookmark |
2020.03.04 Wednesday

藤森さんへ3月4日 コンフィデンシャルです
(マスコミ編)
勝負はスマホで読まれること
「二水会」という会がある。第二水曜日に朝日新聞の経済部のOBが現役の記者から最
近の動きを聞いて勉強する。2か月に1回の割合で開かれている。定年退職しても実際の
経済の動きを知っておきたいということから始まったようである。私は5年ほど前から参
加した。2月12日に80歳を超える長老から60歳台の若手(?)まで14人がプレス
センターに集まった。講師は医療や介護を担当している浜田陽太郎・経済部編集委員であ
る。
浜田氏は自分が書いた記事を中心に今の貧しくなった社会の断面をいろいろと話した。
びっくりしたのは浜田氏は書いた原稿を新聞に載せるよりも「いかにヤフーニュースに載
せるかが勝負で書いている」と話す。浜田氏はデジタル編集部デスクにいたこともありデ
ジタルには関心がある。
新聞の一面トップに書いても若い読者は
読んでなくヤフーニュースに載れば反響が大きい。朝日新聞にとってもヤフーニュース
に載ればヤフーから金が入る仕組みになっている、ようである。スマートフォン(スマホ
)でニュースを読む若者が多くなっている。電車の中でも新聞を読んでいる人よりもスマ
ホを見ている人が圧倒的でありことでもわかる。
新聞社も紙からインターネットでニュースが読まれることでいろいろ取り組んできた。
朝日新聞でもかなり早い段階で「アサヒコム」を立ち上げて読めるようにした。新聞各社
もそれなりで始めた。しかし、無料で始めたこのサイトは新聞記事をインターネットでも
読めるという域を出なかった。
そうしたなかでヤフーは新聞社や通信社からニュースを集めて「ヤフーニュース」を流
した。新聞社は最初の段階ではヤフーにニュースを流すことに抵抗した。強い新聞社ほど
自分のところのニュースは流さなかった。こうした苦労は19年10月に出版された
「2050年のメディア」(文芸春秋、下山進慶大総合政策学部招聘教授)に詳しい。
ヤフーニュースを作っている「ヤフージャパン」と新聞社、通信社との戦いも詳しく書
かれている。96年にスタートした「ヤフージャパン」は05年3月期には売上は5年前
の20倍となりポータルサイトとしては成長した。これを見て朝日、読売、日経は08年
1月に「あらたにす」を作りニュースを流したが、4年足らずで閉じた。
08年にアイホンが発売されスマホでニュースが見られるようになってから、ヤフーニ
ュースがますます読まれるようになった。今や朝日をはじめいかにヤフーニュースに売り
込むかが勝負になってきている。
新聞社や通信社との戦いは今やヤフーニュースとの戦いになっている。新聞記者も変わ
らざるを得なくなって来ている。
(文化編)

| その他 | 11:04 | - | - | pookmark |
2020.03.04 Wednesday

神田松鯉氏の人間国宝を祝う会
講談界の第一人者の神田松鯉氏が人間国宝(重要無形文化財保持者)になったお祝いの会
が1月26日に帝国ホテルで開かれた。発起人代表は神田松鯉講談教室の桑原一男会長、
発起人には春風亭昇太・落語芸術協会会長、日本講談協会の神田紅会長、日本ペンクラブ
の吉岡忍会長、俳人協会大串章会長、神田松鯉友の会の出崎克会長などが名を連ねた。
最初に桑原氏が「寒い中をご来場いただきありがとうございます。私たちが講談を教え
ていただいている先生の神田さんが人間国宝になってこんなうれしいことはありません。
本日は神田さんを祝って、また励ましてください」とあいさつした。日本ペンクラブの吉
岡氏や大串氏らがあいさつし、神田氏は夫婦で壇上に上り「今日は本当にありがとうござ
いました。これからも臆せず、たゆまずに進んでいきたい」とあいさつした。壇上には弟

子の神田松之亟,鯉栄、あぐりなどが並んだ。松之亟が2月には伯山を襲名することが披
露された。
最後は朝日新聞のOBである轡田隆史さんが三本締めで締めた。
(マスコミ編)

| その他 | 11:04 | - | - | pookmark |
2020.03.04 Wednesday

朝日新聞労組が渡辺社長に不信任
朝日新聞労組が昨年末に実施した「賃下げに関するアンケート」によると5年たった渡
辺雅隆社長に対して評価できるが1・4%、どちらかというと評価できると合わせても
15・2%と明確な不信任を突きつけた。しかし、渡辺社長は1月6日に開いた新年会で
は現在の中期経営計画(2916年度―20年度)を約1年残して打ち切り新計画を7月
からっスタートさせることを表明し、居座りを図った。朝日新聞は購読者と広告の減少で
大幅な減益になりそれを都内の世田谷工場、座間工場をゼネコンに売却して補っており、
あるOBは「不動産屋に成り下がってしまった」と渡辺体制を嘆いている。(雑誌
FACTAより)

| その他 | 11:03 | - | - | pookmark |
2020.02.04 Tuesday

今年の経済見通しはオリンピック後も心配なし
日本記者クラブはオリンピックのある今年の経済見通しを1月から始めた。5人の講師
が2月3日の岡三証券の高田創・理事までが話した。記者クラブでの見通しについては日
ごろクラブに来ない人も来る人気のある発表だ。最初に発表したのは第一生命経済研究所
の熊野英生・経済調査部主席エコノミストで「五輪後の日本経済」というテーマで話した
が、「日本経済は今年は悪くはならない。五輪後も前回のような64年の不況にはならな
い。政府の政策の効果が出てくる」と話した。
次いでBNPバリバ証券の中空麻奈・市場調査本部長が「金融リスク」、森健・野村総
合研究所上級研究員が「デジタル時代の経済」中国経済は丸紅経済研究所の李雪連・シニ
ア・アナリストが説明をした。5人の話を聞いて今年の経済は新型インフルエンザのよう
な問題はあるものの「大きく落ち込むことはない」というのが結論のようである。

| その他 | 09:58 | - | - | pookmark |
2020.02.04 Tuesday

東大経済学部卒の企業経営者が「日本にノーベル経済賞を」と要望
東大経済学部は2019年に創立100周年を迎えたが、経済学部で出している2月発
行の機関誌「経友」で5人の経営者が経済学部への感想と要望を書いている。最初に出て
いるのは富士フイルムホールディングスの古森重隆会長(昭和38年卒)。「企業経営者
がやるべきこと」ということで企業経営の在り方について書いている。富士フィルムは
21世紀の初めにデジタル化で毎年需要が2,3割減り続け倒産の危機に超面した。米国
ではコダックが倒産したほどである。そうした中で古森氏は企業の改革を進めた。コトラ
ー教授の唱えたマーケティングセオリーの4pや7Pを使い、このほかに2S(短期と長
期)で思い切って人減らしなどを進めた。こうしたことが経営者には必要だ、と書いてい
る。
伊藤一郎・旭化成名誉会(昭和41年卒)は「国家の先導役を果たすのは経済学・経営
学であると考えています。この自覚と誇りをもって活動してほしい」と述べるとともに次
の100年の計画には「東大経済学部の出身者の中からノーベル賞受賞者を出すことを入
れてほしい」と要望している。旭化成からノーベル化学賞を受賞した吉野彰名誉フェロー
が出てこともありノーベル経済賞を受賞してほしいという。
後藤高志・西武ホールディングス社長も「ノーベル経済賞の受賞者の出ることを期待す
る」と書いている。このほか釜和明IHI相談役(昭和46年卒)、佐藤康博みずほフィ
ナンシャルグループ会長(昭和50年卒)、國部巌・三井住友フフィナンシャルグループ
会長(昭和51年卒)もそれぞれの期待と要望を述べている。

| その他 | 09:57 | - | - | pookmark |
2020.02.04 Tuesday

追悼録
重光武雄ロッテグループ創業者
1月19日ソウル市内の病院で死去。享年98歳。
私が朝日新聞経済部で昭和46年から2年半食品関係の担当の時に重光さんに会った。
韓国名(辛格浩)を堂々と名乗っており、チュウインガムの自由化が問題になっていたの
を聞いたところ「日本のメーカーは米国や欧州のメーカーに比べてまだ弱いので自由化は
もう少し時間をかけてほしい」といっていたことを思い出す。番頭役に小川さんという人
がおりこの人に会って取材してほしいということで、重光さんと会うことは少なくなった

息子の争いに巻き込まれて困っていることを新聞で読んで気の毒なことだと同情してい
た。ロッテ球団も作った。

 

佐藤安弘キリンビール元社長
1月24日虚血性心疾患のため死去。享年83歳。
キリンビールは業界でトップの地位を占めていたが、アサヒビールに追いつかれぬかれ
たことから業績が悪くなった。佐藤さんが社長になった時が最悪な状態で大規模なリスト
ラをした。「100年の歴史で最初のこと。大変だった」といっていた。このリストラを
機にキリンの反転があった、といわれている。


水口弘一・元野村総合研究所社長
1月7日 死去 享年88歳
私が地方の前橋支局から昭和46年2月に東京経済部に上がってきて最初の担当は証券
業界だった。当時円の切り上げが問題になり1ドルいくらになるかが経済部の競争であっ
た。私は当時政界に強いといわれた野村証券の瀬川美能留・会長をマークすることになっ
た。毎朝、車で青山にある瀬川邸を訪れて取材した。その時に瀬川邸に来ていたのが秘書
の水口さんだった。そこで親しくなり情報ももらった。この水口さんが経済同友会の専務
理事になり、財界担当の私と付き合うようになった。代表幹事の会見には専務理事が出席
して会見を進める。「阿部ちゃんよろしく頼むよ」という声を今でも思い出す。当時の代
表幹事は石原俊・日産自動車会長だったと思う。
東大経済学部の卒業ということも同窓で親しみを覚えた。


荒川和夫元サッポロビール社長
1月5日死去享年92歳。
田中和泉・元TBS社長
1月20日心不全で死去。享年88歳。
1989年から91年まで社長を務めた。株の損失補填の問題が明るみになり辞任した
。経理局出身の初めての社長で宇宙特派員プロジェクトとして秋山豊寛氏を初めて宇宙飛
行に送り出した。


坪内祐三・評論家
1月13日急性心不全のために死去。享年61歳。
月刊誌「東京人」の編集者を経て評論家になる。夫人文子さんは朝日新聞論説委員で元
ワシントン特派員の山脇氏の元妻。


佐藤研一郎ローム創業者
1月15日閉そく性黄疸で死去。享年88歳。
立命館大の学生時代に抵抗器を開発して1954年ロームの前身である東洋電具製作所
を設立した。71年にシリコンバレーに進出するなど海外展開をして世界的な半導体メー
カーに育てた。私が日経新聞出身の徳永卓三が作った月刊誌「起業家倶楽部」に京都のベ
ンチャー企業を連載した時に「ローム」を取り上げた。佐藤氏はインタビューに応じなか
った。

| その他 | 09:57 | - | - | pookmark |
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