2014.07.02 Wednesday
14年6月23日
 快適な新幹線にびっくり
 セビリアの市内観光は大寺院を見た。イスラムの建築物で、南スペインの雰囲気に合う。青い空は気持ちが良い。スペイン広場などを散策した後で昼食はサラダと魚のタラのピラフ添えである。量はかなり多い。
 その後は最後のまちマドリードに向かう。AVE新幹線2115号の2号車で席は3A,3Bで、ファーストクラスである。広い席で快適であった。女房と座って外の景色を見たが、オリーブ畑が前日と同様に依然として続いていた。
 「夏の雲スペインで会う新幹線」(筆者)
 座席が大きいので日本の新幹線よりも楽である。
 セビリアを15時45分に発ち、マドリードには18時15分に着いた。約2時間半である。その間に車掌がワインとパンとボックスに入ったスペイン料理を配った。女房をはじめ昼飯を食べたばかりなので、手をつけなかった人が多かったが、私は全部食べた。
 マドリードに着いて直ぐに一番良いといわれている「ザ・ウェスティン・パレス」に入った。建物もホテルのボーイさんも名かなかのものである。直ぐに夜の食事だった。みんなお腹が膨れていたが、それなり食べた。
 翌日は朝9時にホテルを出てプラド美術館に向かった。女房がこのたびで一番見たいところであった。日本人のマスターガイドが説明をしてくれた。ゴヤ、ベラスケス、ムリィーヨ、リベーラなどの絵を見た。
 夜はオプショナルツアーで古都トレドを見学した後で、マドリード市内でフレメンコを見学した。東京・新宿でもフラメンコは見られるが本場のものがどの程度かを知ることができた。正直言えばそれほど変わらなかった。あるスペイン通の人は「日本に来るフラメンコの人たちはスペインでも上級の人を選んでいる。日本の出演料が高いからです」と解説していた。
 4月30日の12時40分にマドリードを出てフランクフルトに飛んだ。フランクフルトでは3時間の待ち時間があり、ラウンジでお茶を飲んだり日本の新聞を読んだりした。久しぶりの日本の新聞を読んで楽しくなった。その後、空港の売店で運動靴を2足買った。羽田空港には5月1日12時15分に予定通り着いた。
 今回の旅で感じたことはスペインの良さである。明るい太陽と人々の底抜けの明るさ。あえて難を言うと食事の量が多いということだろう。スペイン人は総じて太っている人が多いのは食事も影響しているのでは
| スペイン旅行の紀行文 | 16:02 | - | - | pookmark |
2014.07.02 Wednesday
14年6月9日 オリーブ畑に感動する
 グラナダからコルドバへの道は舗装されていて快適だった。朝、今までに比べてゆっくり起き、て荷物をバスに積み込んで出発である。3時間30分バスに乗ってスペイン中部のコルドバへ行く。バスは人数の割合に大きいのでゆったりと座れる。窓際の席からスペインを観察する。
 道の両側は褐色色の粘土状の山が続いていく。ガイドさんによると生えている木はオリーブだ。行けども行けども人に会わない。オリーブだけが植えられている。その間に「カサ・ブランカ」(白い家)が歩ツンぽつんと建っている。ある意味では一番スペインらしい風景かもしれない。2時間ほど走って、「バエナ」というオリーブのまちで休憩した。手洗いに入った後でお土産やに入った。オリーブの油やオリーブの実、イチジクの干したのなどなどが売っていた。試食できるので味を確かめてから買うようになっている。売り場の男の販売員は「二つで150ユーロと負けておくよ。さあ買った買った」と威勢の良い声で客引きをしている。日本人がお得意のようである。この店でオリーブのビンを3つ、オリーブの実の袋をひとつ、イチジクの乾燥したのを二袋買った。
 道の両側には赤い花(アマポーラ)が割いていたり、太陽光発電の施設などもあった。
 昼食はオックステールの煮込みだった。やわらかかったので食べやすかった。
コルドバについて市内観光をした。目玉はイスラム教の寺院とキリスト教の寺院が共存する「メスキータ」である。幸いにこの日は宗教行事がなかったので寺院の中を見られた。イスラムとキリストが同じ寺院にあるという珍しいものである。その後でユダヤ人街を散策した。日本イスラエル親善協会のメンバーである私としてはこのユダヤ人街がどのようなものか興味があったが、建物の外を歩いて済ませた。外に花が飾ってあるのがきれいだという印象だった。ユダヤ人などには一人も会えなかった。
コルドバから次はセビリアに行く。コルドバから2時間で着いた。ホテルは「バルセロナ・レナシミエント」である。このホテルでびっくりしたのは夕方ズボンが汚れたのでクリーニングを出したらその日に仕上げてくれた。何事もスローモーなスぺインでは珍しい。、

 
| スペイン旅行の紀行文 | 16:01 | - | - | pookmark |
2014.07.02 Wednesday
14年6月2日 アルハンブラ宮殿見物よりスペイン料理
 バルセロナ空港からグラナダ空港に行った時間は朝の7時23分である。前日も朝7時に過ぎに起きてバルセロナの見物だった。スケジュールはいっぱいに組んである。朝4時15分にモーニングコールがあった。荷物を5時過ぎに部屋の外に出して、「メリア・バルセロナ・サリア」ホテルを5時30分に出発した。8時55分にはグラナダに着いた。
 この日は旅の目玉であるアルハンブラ宮殿を見学する。イスラム教徒がスペインを占領した時に建てられたものであるので、行ったことのあるウズベキスタンの建物などと似ている。その大きさと見るものの多さは目移りがした。現地の日本人ガイドさんがイヤホンを通して説明をしてくれる。宮殿だけではなくそれに附属しているヘネラリーフェ庭園も広く見て回るのに時間がかかった。ほこりっぽいのにいささか参ったが、見物するところは全てそれなりのものである。
 昼はスペイン料理の名物であるイカの墨煮を食べた。イカがやわらかかったので食べるのが楽だった。今まで知らない人たちがテーブルを囲んで食事をするのも楽しいものである。前日のバルセロナでパエリアを食べる時に女房が10人ほどの人に「折角なので自己紹介しましょう」と提案して、一人ひとりが話したが、こういうことでもなんとなく親しくなるものだ。
 夕食はグラナダの「ナザリエス」ホテルである。前日に「お気に召すままメニュー」を配ってその中から選ばせた。前菜またはスープから1種類、パスタ、肉、魚から1種類、デザートから1種類となっていた。私は「コロッケ」「イベリコ豚」「ティラミス」を選んだ。女房とは違うものを選んで比べることにした。
 早めにホテルに帰ったので、パジャマに着替えて寝たところ、集合時間の7時過ぎまで寝込んでしまった。起こされて会場に行ったら私たちの席は二人用ができていた。料理を選ぶときに「スペイン料理は量が多いです」と書いてあったが、コロッケからしてすごいボリュームだった。その後の「フォアグラがのったイベリコ豚料理、キノコの入ったペドロヒメーネスソースがけ」にはとても食べきれなかった。ティラミスはなんとか腹に放り込んだ。
 料理の席にグラナダ大学の学生3人組ギターを抱えて来て「グラナダ」の曲を3曲ばかり弾いた。その後でCDを1枚10ユーロで売りに来た。折角なので買った。日本に帰って聞いたがその時を思い出して懐かしかった。
 
 
| スペイン旅行の紀行文 | 15:58 | - | - | pookmark |
2014.07.02 Wednesday
14年5月21日
 サクラダ・ファミリアに感激
 ルフトハンザ航空でミュンヘンまで行き、そこからバルセロナに入る。ビジネスクラスということもありサービスが良い上に広々してゆったりできた。ミュンヘンまでは10時間ぐらいかかり、そこからバルセロナまでは2時間半だった。ミュンヘン空港のビジネスクラスの待合室でコーヒーなど飲んで、時間になった。バルセロナに着いたのは夜の9時15分だった。東京都は様子が違って、スペインはまだ明るくかった。ホテルは「メリア・バルセロナ・サリア」。添乗員は藁さんという人で感じがよかった。
 ロビーに集まって藁さんが「明日は朝8時46分に出発します。7時にモーニングコールを掛けます」と言ってそれぞれの部屋に帰った。
 25日はバルセロナの市内見物である。この旅行の目玉である「サクラダ・ファミリア」の見物である。行く前からこれはすばらしいといわれていたので期待も大きかった。この旅行中に見物するときはイヤホンをつける。たくさんの見物客がいるのでイヤホンは役立つ。現地の男性のマスターガイドが案内してくれた。サクラダ・ファミリアというのは「聖家族」という意味である。スペインの生んだ建築家のガウディが建設した。高い建物はまだ未完成であり、2025年を目指して完成する予定という。
 日本の建設会社もこの建築に参加しているが、スペイン流のやり方で進めるのでいつ完成するか、わからない。いかにもスペインらしいところかもしれない。ガウディが設計したのはこのほかグエル邸、パトリヨ邸などがある。これらの建物はガウディらしい細工が施されていた。しいたけの頭のような飾りがあるのが目に付いた。
 グエル公園は広々としており見晴台から見ると地中海が見えた。女房の萬智子は「地中海が見られた」と感激していた。昼飯はスペインの名物であるヨットハーバー沿いのレストランでパエリアを食べた。レストランは薄暗くなんとなくパエリアもおいしくなかった。午後は自由行動で時差の関係で疲れたのでホテルに帰ったが、女房はピカソ美術館に行ってタクシーで帰ってきた。夜は近くのレストランでイベリコ豚とスパゲッティを食べたが量の多いのには驚いた。スペインの人が太っている原因だろう。
 
| スペイン旅行の紀行文 | 15:53 | - | - | pookmark |
2014.07.02 Wednesday
14年5月12日女房と一緒にスペイン旅行
 家族で海外旅行は長女の佐和子が結婚した時に次女の美和子と香港・マカオに3泊4日で旅行した。女房は香港の旅を満足して次は二人で海外旅行をしようと色々考えていた。そうした時にスペインに行こうということになった。私はスペイン語を大学時代に勉強したこともあり、それではと自分なりに旅行社の説明会などを選んで行った。阪急旅行社が熱心でスカイツリーのそばのビルでの説明会などに一緒に行ったりした。そのうち、女房はJTBの「ビジネスクラスで行くスペイン情熱紀行8」というプランを選んできた。腰が悪いのでエコノミーでは大変だ、ということだ。費用はかかるが、それで行くことにした。
 4月24日に羽田空港を飛び立ってまずバルセロナに行き、グラナダ、コルドバ、セビリアを経て最後にマドリードという8日間の日程である。ビジネスクラスで女房と行くのは初めてでありどんな旅になるか、と期待も高まった。
 観光問題について「コロンブス」という月刊誌で「観光立国を支える人たち」を連載している。この機会を利用して、スペイン政府観光局に行って最近の日本からのスペイン旅行について取材した。日本記者クラブの近くの港区虎ノ門にあるので直ぐに行った。マーケティング・マネジャーの洞澤徹さんが説明してくれた。それによると日本からの旅行者は年々増えてきており13年には37万7千人が行っている。日本人にとってスペインはイタリア、フランスに次いで人気があるという。スペインには世界中から6千万人の旅行者が来ている。日本は昨年初めて1千万人訪日旅行者が来た、と喜んだがスペインは6倍の観光客が来ている。
 このほか勉強会で知り合った住友商事のスペイン支社長を7年ほど務めた林貞男さんにもスペイン旅行についての事前の説明を聞いた。林さんはスペイン史学会の会員でもありスペインの歴史について詳しく事前に説明してもらった。外国人記者クラブで2回にわたり会った。それによると711年にイスラム教徒がスペインに入りイスラムの文化になったのを、1492年にコンキスタドール(奪い返す)でイスラムを追い出して新しい文化を創った。こうした二つの文化があるのがスペインの魅力である、と説明してくれた。こうした事前の勉強を身につけて、快晴の日本を発ちスペインに行った。この回を含めて5回に亘りスペイン旅行記を書いてゆく。
 
| スペイン旅行の紀行文 | 15:52 | - | - | pookmark |
最新記事
カテゴリ
月別記事
CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE