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2008.03.24 Monday
前回の続きを書く。1月13日の朝に原昭夫君が合流した。沖縄に10年いた原君に今回の旅行の計画を作ってもらったことは前回に書いた。我々6人はガイドさんが来てほっとした。運転手の関君が一番喜んだ。最初に行ったのは名護市役所である。ここは原君が市役所をはじめ道路などの設計をしたところである。東大の都市工学を出ているだけに市役所の設計では風の通りが良いように作った。夏でもクーラーは使わないで済むという。この日は休日であったが、開いている市役所に行っていろいろ説明を受けた。その間にいろいろな人が「原さん,久しぶり」と声をかけてゆく。元市長の人もたまたま来て、挨拶していた。
 名護市の博物館に案内された。この博物館は原君が手作りで作った、というだけに懐かしい沖縄の日用品などが飾られていた。農家の模型があり便所と豚が同じところに生活して、人が出したものを豚が食べる、というのが当時としては当たり前であった、という。今で言う資源のリサイクルである。沖縄の生活をそのまま再現した博物館であった。
 そのあと、世界文化遺産に指定されている今帰仁城(なきじんじょう)に行った。14−15世紀に北山王(ほくざんおう)が住んでいた城跡である。すでに寒緋桜が咲いていた。沖縄が暖かい、ということを実感した。
 その後、沖縄海洋博覧会で作られた「ちゅらさん水族館」に行った。入場料が1500円というのは「たかいなあ」と感じたが中に入ったら値段以上のものが見られた。大きな水槽の中をマッコウクジラやエイなどが目の前で泳いでいるのは壮観である。この水槽は日本でしか作れない、と原君は解説してくれた。休日ということもあって子供連れが多かった。
 夜は原君の知っている現地の人との交流会である。磯味酒処「するじな」に沖縄県立沖縄工業高校の木下義宣さんなど4人ほどが集まった。この日は成人式なので荒れる成人式で有名な沖縄にはたくさんの報道陣がきた、と木下先生は話していた。基地の街だけに集まった人たちは米軍に対して不満を漏らしていた。沖縄名物の泡盛を飲みながら意見交換をした。次回は基地の街沖縄について書く。
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