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2008.10.12 Sunday
中央アジアのウズベキスタンについて知っている人は少ない。私が教えている聖徳大学短大の2年生に聞いても知っている生徒は誰もいなかった。勿論、行ったことなどは無い。このウズベキスタンに9月14日から24日まで約1週間旅をしてきた。その報告を4回に亘り話していきたい。
 私がウズベキスタンとの付き合いを始めたのは朝日新聞の先輩の野田皓一さんから「日本ウズベキスタン協会」の会員にならないか、と勧められたことからである。野田さんは戦争中にソ連(現ロシア)に抑留されて、ウズベキスタンに行かされ強制労働をさせられた。そこでナボイ劇場などを建設した。そのナボイ劇場はその後の地震でも壊れずに日本の技術の声価が高まった。
 この協会に日比谷高校の同級生である嶌信彦君も入会していた。嶌君は取材でウズベキスタンに行って気に入ったので、野田さんなどと会を作った。野田さんは初代の会長だったが高齢ということもあり、嶌君に会長を譲った。この協会も今年で結成10周年になるので、ウズベキスタンに行こうという企画ができた。たまたま住友銀行の出身の塚谷さんがJICA(国際協力事業団)からウズベキスタンに経理などの指導で行っており、塚谷さんに会うということも一つの狙いで行くことになった。塚谷さんの大学時代の友達の蕪木寿君も行くことになり、さらに中学校の友人の関光雄君を誘ったらOKになった。このほか日比谷時代の西川寿子さん、朝日新聞で同期の村田歓吾君など知っている人がたくさんいる旅になった。今回の旅行はウズベキスタンコースとキルギスコースに分かれた。私たちはウズベキスタンコースで嶌君や西川さんらはキルギスコースだった。
 17日午後6時30分に成田空港に集合してウズベキスタン航空で関空経由でウズベキスタンの首都タシケントに向かった。関空では乗り継ぎだけなのに1時間も待たされて、空腹だっただけにいらいらした。
 飛行時間は8時間で時差が4時間である。関空を23時45分に出て、タシケントには18日の朝の4時25分に着いた。時差の関係で儲かった気分である。乗り継いでウルゲンチ空港に行き、その日はイチャン・カラの遺跡のあるヒワを観光した。
| 旅行 | 08:15 | comments(0) | - | pookmark |
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