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2008.12.06 Saturday
今回のウズベキスタンへの旅で良かったことは、現地の人と交流ができたことである。普通の観光旅行ではできないことである。日本ウズベキスタン協会の10周年の記念の旅だからである。9月22日にサマルカンドで学生と交流会をした。サマルカンド大学に行った。この大学では9月に初めて日本語学科ができた。それまではアラビア語、ペルシャ語、日本語、韓国語、トルコ語を第二外国語の選択科目で教えていた。日本大使館などの応援もあって、独立した学科ができた。最初にこの日本語学科の責任者の人が挨拶をした。
 「現在、日本語を学んでいる学生は10人以上いる。筑波大学など日本の3大学と協定を結んで先生に来てもらっている。日本人は熱心な民族であり、これからも日本語を学ぶ学生は増えると思います」と述べた。
 その後、現地の楽器である72弦のチャンゲなどラップ人の楽器で現地の唄を歌い、踊ってくれた。日本側は松原真夫団長が挨拶をしたあと、日本人が壇上に上り「上を向いて歩こう」(すき焼きソング)「ふるさと」「幸せなら手をたたこう」などの唄を披露した。
 学生は私たちの席に来て手帳を出して「住所と名前とメールの番号を書いてください」と言う。男の学生は「シュヒラット」と私の手帳に書いてくれた。観光学科の別な学生は「シャロファット」と書いてくれた。
 日本に対する関心の高さを感じた。
 タシケントに着いた23日は日本人が作った「ナボイ劇場」に現地の人たちを呼んで日本ウズベキスタン協会設立10周年の記念の交流パーティーを行った。嶌信彦会長が司会をして最初に日本の初代大使であったサイコフ大使が「日本への思い出はたくさんあります。ここに来られている人も顔なじみの人がいます.良く来られました」と挨拶した。サイコフ大使は現在、ウズベキスタンの外務省に勤務している。
 続いて平岡日本大使が「日本とはシルクロードを通して文物が結びついた。正倉院の宝物殿にあるものもシルクロードを通して行った。日本とウズベキスタンとは良好な関係であり、2年前に小泉首相、昨年は額賀・財務大臣が来ました」と日本との関係を述べた。今回の旅で同行した82歳の大塚武さんは「60年前にこの劇場の建設にかかわった。懐かしいです」と述べた。
 この地には戦後の抑留者の中で79人が死に日本人墓地に葬られている。われわれは墓の前で冥福を祈った。
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