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2009.02.12 Thursday
東海道53次の蒲原宿に生活歴史館を創設

 志田威さん(しだ・たけし)
 東海道53次の蒲原宿に生活歴史館を創設
(プロフィール)東京都出身。東京大学法学部卒。67年4月旧国鉄に入る。民営分割後にJR東海に移る。常務を経て、現在はジェーアール東海不動産社長。65歳。
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 −何故、静岡市清水区蒲原に東海道町民生活歴史館を創設し、公開しているのですか?

 この家は父の生家で、私も満州引揚げ後幼稚園まで生活していたところです。父が歳をとり古い家財を整理し始めた時に、たまたま帰郷し昔の生活品等を見ましたので、将来のため残すよう依頼したのが始まりです。
志田家は米・塩・油を商い、その後醤油を製造したので、初期の商工業関係の道具や帳簿が残っています。また明治新政府が教育・徴税・徴兵に重点を置きつつ近代国家を建設した状況等も具体的にわかるので、若い人達にも直接見てもらうのが良いと考えました。


 −どんなものがあるのですか?

 江戸時代の醤油製造場は床・天井もなくタタキのままで、東海道の宿場内で当時のまま残っている工場としては唯一のようです。醤油関連では江戸時代以降の帳簿・棹秤・樽・枡・滑車等、農業では脱穀機・唐箕・蓑等、衣類では紋付・袴・内掛けや江戸期の以降の各種箪笥・葛篭、食関連では膳・碗・皿・食器入れ等です。その他和紙製の陣笠、挟み箱、宝暦年間の浄瑠璃本、幕末の練り天神、町民の娯楽であった将棋盤や月琴、寺子屋の往来物(教科書)・帳面等、旅行関係では関所手形・矢立・早道(財布)等です。

 
 −蒲原の宿はどんな施設が残っていますか?

 現在、東海道蒲原宿には寺社を除いても旅籠で「和泉屋」、町屋で「志田邸」、工場で「山六醤油製造場」があり、更に文書土蔵として「木屋の土蔵」、家具土蔵として「志田家土蔵」が公開されています。このように5種もの江戸期建造物が公開されている宿場は大変珍しいと言われています。蒲原だけかもしれません。本陣、関所のような注目される建造物はありませんが、多種類残っているのは見応えある宿場です。それだけに今では蒲原宿は国民的な財産ではないでしょうか?歌川広重の版画も蒲原の雪景色が代表作の一つですね。


 −06年3月に町民生活歴史館をオープンしたと聞いてます。公的な支援はあったのでしょうね。


 主屋は国の登録有形文化財になったのを機に公的公開になりましたが、東海道町民生活歴史館は私的な資料館としての公開ですので今のところ公的支援はありません。ただ「志田邸」という建物だけでなく資料等を公開し、近世日本の庶民生活を直接知ってもらう事が望ましいと考え踏み切ったわけです。しかし、ポケットマネーが続かないので、真冬と真夏を除いた土・日曜日の10時40分から15時のみ開けることとし、地元の方々に開閉をお願いしました。その後支援して下さる方々も出来て、ささやかな資料館ですが最近は遠くからも来られる方があるようです。


 −どんな人がきますか?

 一般観光客の他、地元の小中学生が勉強に来られますが、遠く横浜市から小学6年生が修学旅行で体験教室に来られたり、東海大学のゼミナールも定期的に来ておられます。徐々に広がってくれればと思っています。
| 観光立国 | 08:43 | comments(1) | - | pookmark |
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| - | 2013/02/17 1:16 PM |
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