梅屋庄吉さんの「富貴在心」に感激
2010.07.05 Monday
ちょっと一休 梅屋庄吉さんの「富貴在心」に感激
日本記者クラブでは「著者と語る」という講演会を催している。本の筆者にその本の意図や背景を語ってもらう。6月8日は日比谷松本楼の常務取締役の小坂文乃さんが「革命をプロデュースした日本人」(講談社、税別で1700円)という本について話した。記者クラブの前が日比谷公園で日比谷松本楼はその中にあるのでなんとなく親しみを感じている。カレーがおいしくて月に1度サービスデーがあることでも話題になっている。
この社長は小坂哲瑯さんで、日本フードサービス協会(JF)の会長を務めたことがある。JFの会ではたびたび会って顔見知りになっている。08年5月に日比谷松本楼に中国の胡錦涛・総書記が来た事がある。小坂さんにあるパーティーでこのことを聞いたところ「母の関係に孫文さんを応援した梅屋庄吉さんがいて、そうした関係で胡総書記が来たのですよ」と話してくれた。その時に梅屋庄吉の名前を知ったが、どのように孫文を支援したかは知らなかった。
小坂文乃さんは自分の曽祖父である梅屋について書いた。梅屋は長崎県の生まれで香港で写真館を経営して成功する。その店で孫文を紹介されてそれから資金援助を続けた。梅屋氏は活動写真で利益を上げて、現在の日活などの映画会社も作った。資金援助は今の額では2億円ほどになる。孫文からの資金援助の手紙なども小坂家にあり、こうした資料を下に書いた。
「中国革命ニ関シテ成セルハ孫文トワレトノ盟約ニテナセルナリ」という書もある。小坂さんによると孫文が最初の奥さんと離婚して有名な宋慶齢と再婚するのをセットしたのも梅屋であった、という。辛亥革命が成功した後で孫文が袁世凱に追い出されて日本に亡命していた時に慰めるとともに宋慶齢との結婚の段取りをした。梅屋はスパイ容疑で憲兵隊に逮捕された事もある。そうした事もあって梅屋は「孫文との関係などは一切口外してはならず」という文も残している。
孫文が辛亥革命を起こし中華民国を作ったのは1911年11月10日である。来年は辛亥革命から100年になる。そうした事もあって小坂さんは「梅屋と孫文との話を映画にしようとしています。面白いものが出来れば良いと思ってます」と話していた。現在上海で開かれている万博に梅屋と孫文に関する展示会を開いている。梅屋は「富貴在心」というのが座右の銘であり、小坂さんも記者クラブの講演記念帳にこの言葉を書いた。
日本記者クラブでは「著者と語る」という講演会を催している。本の筆者にその本の意図や背景を語ってもらう。6月8日は日比谷松本楼の常務取締役の小坂文乃さんが「革命をプロデュースした日本人」(講談社、税別で1700円)という本について話した。記者クラブの前が日比谷公園で日比谷松本楼はその中にあるのでなんとなく親しみを感じている。カレーがおいしくて月に1度サービスデーがあることでも話題になっている。
この社長は小坂哲瑯さんで、日本フードサービス協会(JF)の会長を務めたことがある。JFの会ではたびたび会って顔見知りになっている。08年5月に日比谷松本楼に中国の胡錦涛・総書記が来た事がある。小坂さんにあるパーティーでこのことを聞いたところ「母の関係に孫文さんを応援した梅屋庄吉さんがいて、そうした関係で胡総書記が来たのですよ」と話してくれた。その時に梅屋庄吉の名前を知ったが、どのように孫文を支援したかは知らなかった。
小坂文乃さんは自分の曽祖父である梅屋について書いた。梅屋は長崎県の生まれで香港で写真館を経営して成功する。その店で孫文を紹介されてそれから資金援助を続けた。梅屋氏は活動写真で利益を上げて、現在の日活などの映画会社も作った。資金援助は今の額では2億円ほどになる。孫文からの資金援助の手紙なども小坂家にあり、こうした資料を下に書いた。
「中国革命ニ関シテ成セルハ孫文トワレトノ盟約ニテナセルナリ」という書もある。小坂さんによると孫文が最初の奥さんと離婚して有名な宋慶齢と再婚するのをセットしたのも梅屋であった、という。辛亥革命が成功した後で孫文が袁世凱に追い出されて日本に亡命していた時に慰めるとともに宋慶齢との結婚の段取りをした。梅屋はスパイ容疑で憲兵隊に逮捕された事もある。そうした事もあって梅屋は「孫文との関係などは一切口外してはならず」という文も残している。
孫文が辛亥革命を起こし中華民国を作ったのは1911年11月10日である。来年は辛亥革命から100年になる。そうした事もあって小坂さんは「梅屋と孫文との話を映画にしようとしています。面白いものが出来れば良いと思ってます」と話していた。現在上海で開かれている万博に梅屋と孫文に関する展示会を開いている。梅屋は「富貴在心」というのが座右の銘であり、小坂さんも記者クラブの講演記念帳にこの言葉を書いた。