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2013.08.18 Sunday
 「ライムライト」の同窓会

 東京・港区の赤坂のビルの6階に「ライムライト」というスナックがあった。九段中学の1年下の寺田節子さん(後にかな子)が経営していた。朝日新聞の記者時代に2次会でよく使った。日本長期信用銀行や日本開発銀行の人たちがよく来ていた。寺田さんから電話があり、今まで千葉でやってきた店を閉じるので、感謝の会を開くので来て欲しいという。7月13日の土曜日は空いていた。しばらくして招待状が来た。

 「赤坂に最初の店をオープンして31年、福島県・いわき市で約2年、千葉・東金市で2年、合計35年仕事を続けてまいりましたが、昨年で終了いたしました。皆様には私のわがままを聞いていただき遠いところまで足を運んでいただきました。心から感謝しております。この感謝の気持ちを皆様にお伝えしたくささやかですが夕食の席を設けさせていただきます」

 場所は千代田区麹町にある「スポット」というスナックで午後6時から始まる。手土産を持って駆けつけた。既に多くの人が来ていた。私の席は入り口の所で新潮社の伊藤幸人・取締役広告宣伝部長、安河内龍太・電子版フォーサイト編集長と一緒である。奥の方には「いわき」や千葉の知り合いが固まっていた。司会は「いわき」の人がやり、最初に寺田さんが感謝の気持ちを述べた。ゴルフの会はこれからも続けるという。私も指名されたので「私と寺田さんとはここにいるどなたよりも古い。中学校のときに私が生徒会長で寺田さんが書記という関係です。寺田さんは非常に優秀な書記さんで助かりました。最初は銀座にあった「ライムライト」という店に朝日の先輩の村上さん(外報部、ワシントン総局庁)が「君を知っている人が働いているよ」といわれてその店に行って寺田さんに合った。その後、赤坂で店を開き、近くのサントリーの人などと一緒に行った。政治家の九段中出身の小林興起氏や竹内亘氏、小渕優子さんなどにも会った。

 私の後は伊藤氏が「父の正が住友商事社長の頃にお座敷でかな子さんと親しくなって、店を開いてからもよく行っていました。兄や私も一緒に行き、阿部さんなどと会ったこともあります。その後も阿部さんと寺田さんとは一緒に飲みました」と挨拶した。伊藤正さんが死去した時に雑誌「リベラルタイム」で伊藤さんの事を書いた。寺田さんはこの日の会合にこの記事を持ってきた。伊藤さんという人物の大きさを思い返した。千葉の落花生をいただいて伊藤氏と一緒に帰った。

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