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2013.09.13 Friday
 13年8月20日 カンボジアの子供たちの絵を見る

 富山県にある富山中部高校の出身の金岡隆さんは、ゼネコンの佐藤工業の広報部長、秘書室長などをしていた。建設省の担当の時に知合い、新橋の居酒屋の「庵」でよく飲んだ。「庵」がなくなった後も、金岡さんとは付き合っていた。銀座に「あきしの」という料理のおいしい店があり、PR会社の常木盛雄社長と金岡さんと一緒に行っていた。常木さんの奥さんが富山中部高校出身ということで二人は親しかった。この「あきしの」の店が立ち退かざるをえなくなり、店を銀座4丁目の「和光」の裏に移転した。

 最初はお客が来ないだろうと応援のため誘い合って行っていた。この店で金岡、常木さんなどと定期的に集まるようになった。「あきしの会」と読んでいる。梶谷剛・元日弁連会長も常連になった。梶谷さんが倒産した佐藤工業の管財人になった関係からである。このほか、公認会計士協会長や昭和女子大の坂東真理子学長なども同じ高校出身ということで来る。

 高島屋の常務をしていた朝内努さんもメンバーである。この二人が6月7日の会で「8月15日から20日まで新宿高島屋11階の催会場でカンボジアの子供たちの絵画展を開くので来てほしい」という。終戦記念日の15日は時間があったので朝10時30分に行った。既に金岡さんと朝内さんは来ており「よくいらっしゃいました」と挨拶された。カンボジアの12歳から15歳ぐらいまでの子供たちが描いた絵は日本の子供たちに比べるといささか私の目から見ても劣っていた。しかし、牛やアンコールワットなどを真剣に描いた様子は伺えた。絵はチャリティーで千円から2千円で売られていたが売却済みのシールがかなり張られていた。

 この日はアンコールワットで国際ハーフマラソン18年間にわたり出ている有森裕子氏のトークショウーが11時からあった。有森氏のほかに早稲田大学の建築科の中川武教授が一緒に出た。中川教授も富山中部高校の出身で現在、アンコールワット遺跡救済チームの団長をしている。私がアンコールワットに行った時も金岡君から会うように紹介されたが、その時は中川さんは東京にいて会えずに部下の人が案内してくれた二人はカンボジアの遺跡の素晴らしさとともに保存が大変な事を話していた。有森さんはハーフマラソンの楽しさを話し、ぜひ参加するように勧めていた。50人ぐらいの人が二人のトークショーに聞き入っていた。

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