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2017.09.30 Saturday

筋委縮症と戦った藤沢義之さん

 

 日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)の会長を務め、メリルリンチの会長をした藤沢義之さんの「お別れ会」が17年8月21日に都内のパレスホテル東京で開かれた。興銀の国際畑を歩みロンドン興銀社長になった。ロンドン興銀の先輩では清木邦夫氏がいる。私は清木氏が社長の時代にロンドンに行ったこともあり、藤沢さんには何となく親しみを感じていた。

直接取材をしたことはなく、パーティーなどでお会いする時に話をする程度だった。私の記憶では藤沢さんの父親は日銀の幹部だった。

当日、写真が20枚ほど飾られていたがその中にテニスをしているのがあった。中心には黒沢洋・元頭取がおあり、清木氏、藤沢さんがいた。いわゆる「黒沢軍団」であろう。藤沢さんはテニスは大好きだったようである。ところが運命は皮肉なことに、66歳のメリルリンチ会長の時に筋肉がマヒする筋委縮症(ALS)を発症して、以後の人生はそれとの戦いだった。その診断をされた時に藤沢さんは「今まで本当に幸せだったし、これからも楽しく生きよう。悲しんでも楽しんでも、同じように時間は過ぎる。それなら幸せに過ごそう」と奥さんの裕子さんに話した。病が進行すると視線入力のパソコンで表現活動を続けてきた。友人への求めに応じた雑誌の寄稿では、多くの人々に支えられる在宅療養の日々を「人間として幸せを感じる」と書いた。

ベンチャー企業が会話ロボットを作ったと聞けば、病床で実際に使い、開発に助言して、資金を援助した。

病床で書いた英語のスピーチの表題は「APOSITIVE LIFE」(前向きな人生)だった。

「畏友逝く 泰山木の花散りて」(外村仁ロンドン時代より)という俳句が飾られていた。

6月19日死去。享年80歳。

 

 

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