<< 見市元・元朝日新聞電子電波メディア局長。食道がんのため死去。享年78歳。 | main |
2018.11.29 Thursday

三浦昭彦・元取締役、朝日新聞東京本社編集局長
11月3日肺アスペルギルス症で死去。享年76歳。2019年2月1日に日本プレス
センターでお別れ会をする予定。
三浦君とは朝日新聞に1966年に入社した同期である。大学も東京大学経済学部であ
り、私は近代経済学の大石康彦ゼミを取ったのに三浦君はマルクス経済学の大内力ゼミで
考え方が違っていた。三浦君は学生運動もしていて夫人の昌子さんも学生運動で知り合っ
た、という。私はラクビー部で活動したこともあり接点はなかった。しかし、71年2月
に経済部に同時に来た。三浦君は新潟支局、私は前橋支局である。それ以来定年になるま
で経済部で一緒であった。三浦君はワシントン支局員になるなど活躍していき、東京本社
経済部デスクから西部経済部長になるなど経営者として進んでいった。私は名古屋経済部
のデスクの後、東京本社で編集委員になり進む道は違がったが同期ということで何かと助
けたり助けられたりした。三浦君は編集局長になっても経営者ではなく庶民の味方、とい
うことで新聞を作っていった。私などからすると「もう少し大人の議論をすればよいのに
」と感じることがあったが、生き方を変えなかった。
私の知っている経済人二人が三浦編集局長に会って洗脳してやろうと社の近くの料亭で
会った。しかし、三浦君は「赤いあさひ」という考え方は変えなかったので経済人は「こ
んなのが編集局長ではだめだ」と言っていたことを思い出す。
終始、酒を飲みたばこを手にして議論などしており生き方は変えなかった。
11月27日に同期の13人が新橋の料理屋で集まった。この会にも返事は「病気療養
中で残念ながら出席できません」という返事が10月14日に会った。この会では三浦君
のために開会前に黙とうし三浦の思い出話が次から次に出て三浦君の人柄をしのばせてい
た。

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