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2019.07.05 Friday

飛島建設の元御曹司が2回にわたり講演

飛島建設の御曹司の飛島章さんが5千人の会員がいる「従心会倶楽部」で4月22日と
5月16日の両日講演をした。2回にわたり講演したのはこの会でも珍しい。この会は飛
島建設にいてそのあと「筆まめ」で有名なIT会社「クレオ」の社長をした大谷武彦氏が
代表をしている。

講演のテーマも「江戸・徳川幕府のガバナンス」である。前編は「常時改革の武家政治
」後編は「幕末:憾み(うらみ)のオウンゴール」と本格的なものである。飛島さんとは
私が朝日新聞の経済部で建設省や財界の担当の時に飛島の社長として取材した。父親が飛
島建設の社長だった斉(ひとし)氏である。慶応大学を出た後、三菱商事で帝王学を勉強
して社長になった。海外への進出に熱心でバブルがはじけるまでは成功を続けた。しかし
、バブルがはじけて多額の負債を負って社長を辞めた。そのあとは知り合いのいるファン
ケルなどの社外取締役など務めて、現在はファンドなどの相談に乗っている。
今回のテーマを選んだのは今や日本の経済界はガバナンスばやりであり、それなら一番
良いケースは何かと調べて江戸・徳川幕府に行きついた、という。約260年続いた徳川
幕府のガバナンスは学ぶものがある、という。
飛島さんはパワーポイントと紙の資料で丁寧に説明をした。
前編では徳川家康の統治が素晴らしかった、という。経済では3千万石の米を大名領主
に2250万石、幕府に700万石、寺社領に40万石、朝廷に10万石というように分
けた。大名領主には親藩400万石、譜代1100万石外様750万石と差をつけている
。幕府領も天領400万石、旗本・知行領300万石と細かく分けた。こうした配分も幕
府に違反した場合は即刻領地を召し上げる、体制を取った。さらに外様の動向を監視する
ために女房を江戸に住まわせ、参勤交代もおこなった。
さらに江戸幕府は徳川家康から徳川慶喜まで15代の将軍が続いた。この成功は時々の
制度改革にあった、という。大名のうち外様には幕政に口を出させなかった。譜代大名、
旗本、直参に担わせた。幕政の柱として軍事を支えて武門数家が「たまりづめ」を構成し
た。これがのちの大老、老中の誕生になった。老中は外様、若年寄は譜代、旗本、直参を
担当した。綱吉の時代に暴走した大老の酒井忠清を辞めさせた。酒井は下馬将軍ともいわ
れて権力を持ったことに綱吉が危機感を持ち辞めさせた
武断政治が文治政治に移る時に制度もそれに合わせて改革していった。8代将軍吉宗の
時に享保の改革で節約令を出し幕政引き締めた。5代将軍の綱吉の時代に側用人に柳沢吉
保を使い藩政が派手になったのを、吉宗が引き戻した。260年の徳川幕府の政治ではこ
うした緩めたり引き締めたりがあって継続していった。
幕末に大老になった井伊直弼は井伊家の14男であり埋木舎に引きこもり居合道や茶道
に励んでいたが、井伊家を継いだ兄が急死して後を継いだ。大老職は臨時職だが、幕末の
大変な時に日本の将来を担い、安政の大獄を行い、水戸家の士に暗殺された。
15代将軍の慶喜は水戸家出身で頭は良かったが、鳥羽伏見の戦いに敗れ、江戸城に帰
ってしまった。これで江戸幕府は終わった。飛島さんは「もし、大阪城にいれば簡単に薩
長には敗れることはなかった。サッカーでいえば慶喜のオウンゴールである」と結んだ。

| - | 18:48 | - | - | pookmark |
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