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2020.04.04 Saturday

追悼録
村山美知子・朝日新聞社社主
3月3日肺炎のために死去。享年99歳。
創業者の村山龍平の孫で、前社長の父の長挙の死去で1977年に社主についた。しか
し、持っていた40%以上の株は20%近くをテレビ朝日に譲渡しており、10%台しか
もっていない。朝日新聞の経営も実質赤字続きで不動産を売って取り繕っており、村山家
も一時ほどには朝日新聞には関心を持っていない。講談社が出している週刊現代の記者が
電話で取材があった。「朝日新聞の経営に美智子の死去で影響があるのか?」と聞いてき
たので「今や村山家でも朝日に関心がないので、問題にはならないだろう」と答えた。


絹村和夫・元TBS(現TBSホールディングス)副社長
3月19日老衰で死去。享年90歳。
絹村さんは私が電波報道局にいたときにはスポークスマンで取材に行って話を聞いた。


城所賢一郎・元TBSテレビ副社長
3月14日すい臓がんのために死去。77歳。
城所さんも新聞記者などが取材に行き丁寧に応対してくれた。


原田和明・元三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)理事長
パーキンソン病のために死去。享年88歳。
原田さんは三菱銀行と統合した三和銀行の調査部次長だった。私が大阪経済部で銀行担
当の時に三和銀行が調査報告の会見に出てきた。原田さんがレクチャーをして明快な説明
をしてくれた。そのあと、東京でも三和銀行の調査報告で原田さんと会い親しみを感じた
。原田さんは九段高校(旧制市立一中)で私の九段中学校の恩師の秋山和義先生と同期だ
ったことも原田さんとの縁を感じていた。

 

宮城まり子さん ねむの木学園園長
3月21日死去。享年93歳。
宮城さんを東京中央ロータリーの講話をしてくれるように招いた。誰か忘れたがねむの
木学園に寄付してほしいというのでいくばくかの金を出した。そうした縁で宮城さんに頼
んだところ快く来てくれた。宮城さんは足腰が不自由で会場の帝国ホテルの人が苦労した
ことを思い出す。


鶴田卓彦・元日経新聞社長
3月13日心不全のために死去。享年92歳。
鶴田社長が日経子会社の役員の不正支出の問題や赤坂の飲み屋へ入り浸って碁を打った
りしていることを当時のベンチャー企業部長の大塚将司氏(元証券部次長)が株主総会で
追及して、解雇された。私は大塚氏とは財界クラブで一緒に働いたこともあり解雇された
大塚氏の支援に立ち上がった。励ます会などを開いて応援した。双方で訴訟を出して争っ
たが、最終的に大塚氏と鶴田氏は和解した。私も鶴田派の社員に恨まれたが、一方で「よ
く大塚君を応援してくれた」と励ましてくれた人もいた。

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