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2020.10.07 Wednesday

追悼録
神近義邦氏 長崎オランダ村、ハウステンボス創業者 9月5日歯肉がんで死去。享年78歳。

神近さんが長崎県旧西彼杵町の職員の時にオランダ村を開園した。私は朝日新聞時代に長崎にいたのでこの事業に関心を持ち神近氏にインタビューをした。自信満々で成功した。しかし、そのあとのハウステンボスではバブルがはじけたこともあり、失敗して00年に社長を辞任した。

 

塩飽二郎氏 元農林水産審議官 8月30日死去。享年87歳。
農林省では国際畑を歩んだ。私の高校の友人の大河原新太郎さんが塩飽さんと親しくして釣りの仲間であった。

葬儀はコロナの時代ということもあり30人ほどしか来なかった。

ジュネーブで同じ時期にいた大蔵省出身の大野功統(よしのり)元防衛庁長官、通産省出身の黒田真・元三菱商事副社長などが参列した。


西川善文・元三井住友銀行頭取、日本郵政初代社長。9月11日死去。享年82歳。
西川氏は磯田一郎・頭取や樋口広太郎・副頭取に重用されて安宅産業の処理などに携わった。磯田氏がイトマン事件で当時の河村良彦社長に引きずられて不良資産を作り始めたときに西川氏が磯田氏を引きずり下ろした。その辺のいきさつについては自ら書いた「ラストバンカー 西川善文回顧録」(講談社)に出ている。
しかし、西川氏は小泉内閣の時、竹中平蔵総務相の推薦で日本郵政の社長になったことで銀行からの信用も失った、民主党政権になり斎藤次郎氏に交代させられて、郵政の方からもやめさせられることになり、最後はみじめであった。

 

アルフォンス・デーケン氏 カソリック司祭、上智大学名誉教授
9月6日肺炎で死去。享年88歳。
死をタブー視する状況に対して「死への準備教育」を提唱して賛同した市民により「生と死を考える会」を作った。私も長男の裕太が突然死したことからこの会に誘われて参加して心の不安を鎮められた。


楠兼敬(くすのき・かねよし)元トヨタ自動車副社長、元日野自動車会長
9月16日腎不全のために死去。享年97歳。


村山利雄・元日立造船社長
9月24日急性肺炎のため死去。享年100歳。
永田敬生社長が日立造船の基盤を作ったが、そのあとを継いだ。


川村二郎・元週刊朝日編集長
9月29日肺がんのために死去。享年78歳。
川村氏は私の1年先輩で、最初の任地は大分支局だった。私は長崎支局だったので川村氏の話はいろいろ入ってきた。赤いフェアレディの車で取材先を回って派手なことが大分中で評判になった。そのあと出版に行き週刊朝日で活躍した。現在、月刊誌「リベラルタイム」で「川村二郎の日本人の矜持」を連載していた。11月号には「休載です。次号をお楽しみに」と書かれていた。

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