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2007.09.30 Sunday
私が朝日新聞電子電波メディア局の時の同僚であった政治部出身の今西光男さんが朝日新聞社から「資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政緒方竹虎の苦悩」という本を出版した。緒方が入社して戦争中に退社して国務大臣兼情報局総裁になるまでのことを書いている。新聞社の上半身である社論や記事という問題だけでなく下半身の広告や販売などの経営について、いかに緒方が苦労したか、を書いている。緒方は主筆で筆政として、経営を見るとともに資本(村山・上野社主)と権力(東条軍閥政権)とも戦って、新聞の質を高めていった。1936年の2・26事件の後に主筆・筆政になってから1944年に退社に追い込まれるまでが中心に書かれている。この第二次大戦に入っていく中で朝日新聞社としていかに厳しい検閲や物資がない中で緒方が苦悩していくかが、豊富な資料を使って書かれている。
 福岡県の修猷館で同窓の政治家中野正剛の自殺と朝日新聞社を巻き込んでおきたゾルゲ事件で緒方は村山長挙社主に追われる。社内抗争では村山社主についた編集局員と緒方派とが争う形になった。軍部の情報として「朝日新聞では諂う(へつらう)ことが出世の条件」と書いているが、村山社主が緒方を追い落とした。今西は「残念ながら、現在の朝日新聞についてもそうだとうなずかざるを得ない」(237ページ)
 朝日新聞は07年6月の株主総会で船橋洋一コラムニストを30年ぶりに主筆にした。緒方、広岡知男以来のことである。しかし、主筆については6月の総会で「主筆は社論を定め筆政を掌る」から「主筆は記事、論説を総覧し紙面の声価を高める」に変わった。緒方時代の時は経営も掌っていたが、現在は経営は秋山社長が責任を持って行っており、当時とは違っている。逆に新聞が唯一の情報機関であったのにいまやテレビ、雑誌、インターネットと新聞の地位が落ちてきている。緒方時代は国から「一大敵国」とさえ見られていた事が
夢のようでもある。
| 企業倫理 | 15:16 | comments(0) | - | pookmark |
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