2019.07.31 Wednesday

森實孝郎・元東京穀物取引所理事長、元農林水産省構造改善局長
6月6日死去。享年88歳。
農林省時代に付き合ったが、コメ問題では食糧庁の企画課長を務め采配を振るっていた

| 追悼録 | 16:41 | - | - | pookmark |
2019.07.05 Friday

塩田千春展:魂がふるえる
森美術館はベルリンで活躍している現代美術画の塩田千春展を6月20日から10月
27日までの予定で開催している。1昨年に12年前のがんが再発した中で死と寄り添い
ながら作り上げた作品である。
 

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2019.07.05 Friday

「あの頃、ボクらは少年だった」のテーマで書いた文
「点取り虫」だった 阿部和義
今や「点取り虫」という言葉は死語だろう。てんとう虫という言葉と似ているが、テス
トで点を取ることに夢中になる少年や少女だ。今考えるとどうしてあそこまで点数にこだ
わったか。あの頃の思い出が私には強い。
千代田区立・富士見小学校の当時、家族は父の信夫と母のきみ、姉が1人に妹は2人だ
った。父は当時農林省のノンキャリで桑糸局で英語の通訳をしていた。6時過ぎには家に
帰ってきてFEN(英語放送)を聞いていた。一橋大学を卒業したことが自慢だったが、戦争
でそれまで勤めていた証券会社(中原証券今の日興コーディアル証券)を辞めて、軍事会
社の横川橋梁(現横河ブリッジホールディングス)に勤めて徴兵を免れた。戦後、元の会
社には戻らずに得意の英語を使って通訳の仕事をしていた。
こんな環境だったことが私を勉強に向かわせたのだろう。小学校の頃は「ネクタイ豚さ
ん」というあだ名で商店街のガキ大将などにいじめられた。親父がネクタイを締めさせて
小学校に行かせた。どうゆうわけかわからないが、ネクタイなど締めている子供ははいな
かったので太ったこともあって、いじめの標的にされた。だから勉強で見返してやろうと
頑張ったのだろう。
ある時、算数の答案が返ってきたが、伴泰久先生(佐賀県の出身)が明らかに間違えの
点数をつけていたのですぐに「先生、点数が間違えてます」と抗議をした。先生はすぐに
点数を上げたが、それ以外でもおかしい点数があり、再度、文句をいった。先生はさすが
に「それは間違いない」と言ったが私は「おかしい」と粘った。九州男児の伴先生は怒っ
て私を投げつけた。そばにストーブがあり危ない所であった。
テストの点数にこだわり、必ず先生に文句を言った。1点でも多くとろうという気持ち
だった。
両親からは成績では文句を言われたことはなかったが、いい成績を取って喜ばせてやり
たいと思ったのだろう。
「点取り虫」は千代田区立・九段中学校でも続いたが、点数で先生に文句を言ったこと
はない。1,2年ではバスケットボール部や水泳部で活動して、3年になった時は全校の
生徒会長になった。点取り虫が動き回ることはなくなった。都立日比谷高校に入学した時
からは、ラクビーに夢中になり点取り虫は全く活動しなかった。

| - | 18:49 | - | - | pookmark |
2019.07.05 Friday

飛島建設の元御曹司が2回にわたり講演

飛島建設の御曹司の飛島章さんが5千人の会員がいる「従心会倶楽部」で4月22日と
5月16日の両日講演をした。2回にわたり講演したのはこの会でも珍しい。この会は飛
島建設にいてそのあと「筆まめ」で有名なIT会社「クレオ」の社長をした大谷武彦氏が
代表をしている。

講演のテーマも「江戸・徳川幕府のガバナンス」である。前編は「常時改革の武家政治
」後編は「幕末:憾み(うらみ)のオウンゴール」と本格的なものである。飛島さんとは
私が朝日新聞の経済部で建設省や財界の担当の時に飛島の社長として取材した。父親が飛
島建設の社長だった斉(ひとし)氏である。慶応大学を出た後、三菱商事で帝王学を勉強
して社長になった。海外への進出に熱心でバブルがはじけるまでは成功を続けた。しかし
、バブルがはじけて多額の負債を負って社長を辞めた。そのあとは知り合いのいるファン
ケルなどの社外取締役など務めて、現在はファンドなどの相談に乗っている。
今回のテーマを選んだのは今や日本の経済界はガバナンスばやりであり、それなら一番
良いケースは何かと調べて江戸・徳川幕府に行きついた、という。約260年続いた徳川
幕府のガバナンスは学ぶものがある、という。
飛島さんはパワーポイントと紙の資料で丁寧に説明をした。
前編では徳川家康の統治が素晴らしかった、という。経済では3千万石の米を大名領主
に2250万石、幕府に700万石、寺社領に40万石、朝廷に10万石というように分
けた。大名領主には親藩400万石、譜代1100万石外様750万石と差をつけている
。幕府領も天領400万石、旗本・知行領300万石と細かく分けた。こうした配分も幕
府に違反した場合は即刻領地を召し上げる、体制を取った。さらに外様の動向を監視する
ために女房を江戸に住まわせ、参勤交代もおこなった。
さらに江戸幕府は徳川家康から徳川慶喜まで15代の将軍が続いた。この成功は時々の
制度改革にあった、という。大名のうち外様には幕政に口を出させなかった。譜代大名、
旗本、直参に担わせた。幕政の柱として軍事を支えて武門数家が「たまりづめ」を構成し
た。これがのちの大老、老中の誕生になった。老中は外様、若年寄は譜代、旗本、直参を
担当した。綱吉の時代に暴走した大老の酒井忠清を辞めさせた。酒井は下馬将軍ともいわ
れて権力を持ったことに綱吉が危機感を持ち辞めさせた
武断政治が文治政治に移る時に制度もそれに合わせて改革していった。8代将軍吉宗の
時に享保の改革で節約令を出し幕政引き締めた。5代将軍の綱吉の時代に側用人に柳沢吉
保を使い藩政が派手になったのを、吉宗が引き戻した。260年の徳川幕府の政治ではこ
うした緩めたり引き締めたりがあって継続していった。
幕末に大老になった井伊直弼は井伊家の14男であり埋木舎に引きこもり居合道や茶道
に励んでいたが、井伊家を継いだ兄が急死して後を継いだ。大老職は臨時職だが、幕末の
大変な時に日本の将来を担い、安政の大獄を行い、水戸家の士に暗殺された。
15代将軍の慶喜は水戸家出身で頭は良かったが、鳥羽伏見の戦いに敗れ、江戸城に帰
ってしまった。これで江戸幕府は終わった。飛島さんは「もし、大阪城にいれば簡単に薩
長には敗れることはなかった。サッカーでいえば慶喜のオウンゴールである」と結んだ。

| - | 18:48 | - | - | pookmark |
2019.07.05 Friday

鹿島の株主総会でお土産の継続が決まる
ゼネコン大手の鹿島の株主総会で出席した株主から「鹿島は出席した株主にお土産を出
しているが、これはぜひ続けてほしい。やめる会社が増えており寂しい」という注文に対
して押味至一(おしみ・よしかず)社長は「私が社長をしている間は総会の出席者にお土
産を出しますので安心してください」と答えた。東京ガスは昨年の株主総会でお土産を辞
めたところ出席者は6割に減った、という。東急不動産も数年前にお土産を辞めて出席者
が減った、という。お土産を目当てに来る株主は多いようだ。

 

| - | 18:48 | - | - | pookmark |
2019.07.05 Friday

森永乳業でヒ素ミルク事件の保証でまだ17億円出資
約65年前に起きた森永ヒ素ミルク事件で森永乳業は、当時の乳児に対する補償で17
億1千万円出した。答弁に立った役員によると被害者と森永と関係者でつくっている「ひ

かり協会」に対して、当時の乳児が65歳になっており、そうした人が死ぬまで森永が生
活資金などを補償する、決まりになっている。宮原道夫社長は「新商品の開発や商品化で
はこうしたことがないように安全について万全の態勢を取っていく」と答えた。

| - | 18:46 | - | - | pookmark |
2019.06.17 Monday

宗像信子さんが主宰してきやゴルフのコンペである(宗像杯)が5月25日に千葉県夷隅ゴルフクラブで行われる。

60回を持って幕を閉じる。

熱心に参加した私にとっては色々な思い出があり、皆さんに読んでいただきたいと思い出拙文をつづる。

60回で私は15回の茨城県のセントフィールズゴルククラブで2回優勝し、21回は準優勝をした。こうしたことのほかに37回の千葉県夷隅ゴルフクラブでは60人参加の大会でホールインワンを出した。ホールインワンのお祝いはこの大会に参加していた、神楽坂にあるちゃんこ料理屋「黒潮」で行った。色々なコンペに参加しているがこうした輝かしい戦歴を記録した会はない。

それだけに大会が幕を閉じることに残念な気持ちが高まっている。

 

きっかけはNHKの辻勝さん

  私がこの会に参加したたのはNHK情報ネットワークに務めていた辻勝さんに誘われたからである。当時、私は朝日新聞社が制作していた記事をFAXにしてNHKに売り込んでいた。その窓口が辻さんで私たち朝日新聞の営業チームが付き合っていた。我々もゴルフをしていたのである時「宗像杯というコンペがあるので参加しないか」と誘いがあった。それで営業チームの石井哲次郎君、松浦康彦君、宮城倉次郎君が95年9月30日の第8回から参加した。場所はセントフィールズゴルフクラブであった。

 この会は92年から宗像さんや辻さん、藤原真昭さんを中心に健康のためにゴルフをしていた。「ハレバレ会」としていたのを94年に宗像杯として発展させた。

 最初に優勝した時は15回でNHKの池田充彦、大西洋作さんと金剛英華さんだった。40−44の84で回った。次の99年5月の20回大会では44−49の93で回りダブルペリアでネット70・2となり優勝した。次の宍戸ゴルフクラブでの21回も37−44で準優勝をした。優勝は鈴木敏彦さんだった。このころは絶好調だった。景品もたくさんいただいた記憶がある。

 ホールインワンは07年11月3日に千葉夷隅ゴルフクラブで37回の大会でできた。この日は朝日の石井君、医者の土屋義哉、竹内明子さんと回っているときに出た。この日はあまり調子は良くなく、待たされたこともあってふてくされて打った。150ヤードあり、上りでありいい当たりだったがまさか入るとは思わなかった。「こんなこともあるんだなあ」というのが正直な感想だった。ホールインワンは2度目で保険金は100万円かけていたので何とか「黒潮」の払いもできた。

 

 宗像杯はどうなるのか?

 宗像杯の参加者も60人を超えていた時代から半分の30人になってきているので辞め時だと思うが、60回も続いた会だけに何とかできないのかと思う。好きな人が宗像さんを中心にしてこじんまりと続けてゆくのが良いのではなないかと思う。

 

 

 

| - | 07:10 | - | - | pookmark |
2019.05.30 Thursday

日銀は昔の軍隊と同じか?インパール作戦に入ったのか

 

私の朝日新聞経済部の記者時代で一番充実し勉強していた時は日銀の担当時代である。40年以上前だが森永貞一郎総裁・前川春雄副総裁の時代であった。森永総裁など日銀の幹部の発言は重かった。公定歩合の取材などでは毎日夜回り、朝駆けで一句、一句を吟味してキャップなどといつ上げるかなどの方向を見定めた。


それに比べると今の黒田東彦日銀総裁などの発言は軽すぎるし、失敗をしたことに責任を取るどころか図々しく居直っている感じである。6年前に華々しく登場した黒田総裁、岩田規久男・副総裁は「2年以内に消費者物価を2%に上げデフレ脱却を目指す。実現しない時には責任を取り辞任する」とまで勇ましかった。ところが物価は2%には届かないどころかデフレが続いている。物価を上げて景気を良くするというリフレ派の学習院大教授だった岩田副総裁などは「2%にならなかったら辞職する」とまでたんかをきった。その発言はどこへやらほッ被りして舞台から消えていった。


こうした日銀幹部に対して日銀を取材していたOBたちは怒っている。そうした怒りを納めるような本が出た。朝日新聞編集委員である原真人氏が小学館新書で「日本銀行『失敗の本質』」 という本を出版した。原氏は安倍晋三首相の経済政策について「アベノミクス」と命名した最初の記者である。黒田日銀総裁の誕生から記者として観察してきた。その結果を今回の本にまとめた。それによると黒田日銀総裁の金融政策は戦前の軍部が取った作戦と驚くほど似ているという。開戦前夜から失敗の発端、奇襲、転機、強行、誤算、泥沼と日銀の政策と比較している。強行というところではマイナス金利をEUと同じように導入した。これは軍がインドを攻略するために立てたインパール作戦である、という。悲惨な戦いになり食糧不足で何万の将兵が死んだ。さらにレイテ沖海戦になり、現在は沖縄戦で泥沼に陥っている。


国の借金がGDPの2倍以上あるという異常な状態の中で日銀は国債を発行して上場投資信託(ETF)、上場不動産投資信託(Jリート)を買い続けて株価を維持し景気を下支えしている。この結果、日銀が大株主の会社が増えてきている。原氏はこうした現象を「財政ファイナンスの罠」と解説している。


こうした原氏の説に対して援護する経済理論が出ている。MMT(モダン・マネタリー・セオリ)である。日本は財政赤字にも関わらずに物価は上がらずにそれなりの経済成長をしており、もっと財政を使って介在成長を目指すべきである、という。米国のニューヨーク州立大のケルトン教授が4月17日の朝日新聞で述べている。


私はこの説を取らずに原氏の日銀の失敗と考える。バブルと同じように結果が出るのは先である。しかし、財政をこれ以上増やすことは子供たちにつけをまわすことになろう。


原氏は広報ソルーション懇話会主催で7月1日に日本記者クラブで「日銀の失敗とアベノミクス」というテーマで講演をする。

 

| その他 | 17:05 | - | - | pookmark |
2019.05.30 Thursday

経団連の中西会長が総会前に入院

日本経団連の中西宏明会長が30日に開かれる予定の総会の前に入院した。事務局が27日に発表した。6月末までには退院する予定というが、病状についての説明はない。総会の議長は審議委員長の古賀信行・野村ホールディング会長が務める。

 

| その他 | 17:04 | - | - | pookmark |
2019.05.30 Thursday

パレスチナ副首相が米国トランプ大統領を非難

5月25日から29日まで来日したトランプ大統領に合わせるようにパレスチナのナビル・アブルディネ副首相が来日した。ナビル副首相は28日に日本記者クラブで会見して「トランプ大統領の中近東政策はおかしい。イスラエル寄りである。日本はランプ大統領に反対してほしい」と述べた。同氏は河野外務大臣に会い、日本は米国の政策に反対してほしいを訴えた。

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