2020.07.04 Saturday

エアコンの値上げをはっきり言う
当時、私は松下の工場をなるべく多く見学するようにしていた。当時、大阪に大小50
近くの工場があり訪ねるのも大変だったがモノづくりの現場を見て、そこの責任者に会う
のは勉強にもなった。私の記憶では74年10月にエアコンを作っている滋賀県・草津市
にある「草津工場」を見学した。大きな工場で整理整頓されておりきれいな工場だった。
見学を終えてエアコン事業部長の山下に会った。山下は片方の目が悪いのか、いわゆる「
がちゃめ」だった(差別用語になるか?)。
当時、石油ショックの後で原材料が相次いで値上げしていた。私もエアコンの値上げが
いつ行われるか、取材していた。トップメーカーの松下の動向は注目されていた。しかし
、企業にとっては値上げを決めるのは営業担当であり、事業部長では発言できない。しか
し、せっかく会ったのだから山下に「エアコンもこの原材料費が値上げしている中では値
上げするのでしょうね?」と聞いた。
松下の役員はこうした微妙な質問には言葉を濁すことが多かった。ところが山下は「こ
んなにいろいろな原材料が値上がりしているのだから値上げしますよ」とはっきり答えて
くれた。
「それではどのくらいいつから上げるのですか?」とたたみかけて聞くと「できるだけ
早く上げますよ。20%ぐらい上げなくてはだめでしょうね」と話してくれた。
そばにいた広報部の人に「エアコン値上げで書きますよ」というと「山下部長がああい
うのですからいいんではないですか」という。
朝日新聞の74年10月2日の紙面に「ルームエアコン 新製品で来月から値上げへ約
20%」という特ダネ記事を書いた。東京、大阪はべた記事だったが、名古屋は3段の記
事になった。企業にとっては値上げの記事は他社の記事の後にそっと書いてもらいたい。
率先して上げると書くと企業イメージが悪くなるのと駆け込みの需要が出て、値上げした
製品が売れなくなる心配がある。こうした中での山下さんの発言は勇気のいることでもあ
った。
 

| その他 | 11:20 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

山下社長で東京に電話がかかる

 

76年10月に大阪経済部から東京経済部に3年ぶりに帰ってきた。大阪では機械クラ
ブに2年いて、そのあとは金融・財界を担当した。住友銀行、三和銀行、大和銀行などの
銀行と日本生命保険、住友生命保険、大同生命保険などを取材して東京の日銀クラブに変
わった。当時、住友銀行が安宅産業で巨額な損失を出して頭取が伊部恭之助から磯田一郎
に交代することが記者の大きな問題でありこの取材に追いまくられていた。
こうした報道合戦のさなかの寒い、77年1月17日の夕方に大阪の経済部の富岡隆夫
ダスク(後のAERA編集長。死去)から「あべちゃん、山下俊彦という取締役、知ってい
るか?」という電話がかかってきた。「山下さんがどうしたんですか?」というと「山下
が社長になるんだ。大阪の経済部はだれも山下のこと知らないんだ。あべちゃんなら知っ
ていると思って電話した。知っていることを教えてほしい」と話す。
そこで私は「なかなかの人物ですよ。エアコン事業部長の時に値上げを堂々と話したん
ですから。度胸がありますよ」と答えた。
山下さんは26人いた取締役の下から2番目で24人抜きで社長に選ばれた。この本によ
ると、さすがの度胸のある山下も1月10日に松下幸之助から「社長になってほしい。ど
や」と頼まれた。「先輩方がたくさんいるのにとても務められない」と断った。ところが
幸之助はあきらめない。山下の周辺にいる正治社長や谷村博蔵副社長などを通して社長就
任を執拗に頼んできた。さすがの山下もあきらめてOKした。その代わりに社長就任の記
者会見の時に「(松下幸之助)選んだ方にも責任があります」という名文句を言いはなっ
た。

 

| その他 | 11:19 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

ダマレ!造反重役
松下電器を担当して山下のことも驚きだったがもっとすごい重役がいた。松下は7月に
恒例の取締役と記者クラブとの懇談をする。50年7月22日に大阪のプラザホテルで行
われた。松下は正治社長、佐伯広志専務など5人が出席した。松下社長は「操業低下が響
いてコストが上がり苦しいですよ。もう少し景気が良くなるように政府にお願いしたい」
と話し、佐伯専務も「夏物はよくなったが洗濯機などは相変わらず悪いです」と消費不況
の中で暗い話が続いた。
ところがショーケースやカーステレオ、視聴覚機器などの特機営業担当の浅田義雄取締
役だけは「カークーラーは全体で昨年昨年の3割減なのに松下だけは5割増。私が担当し
ている部門から見るとすでに景気は回復している」と威勢よくぶち上げた。ほかの役員は
あまり話をしたがらないのに再三調子のよい話をしたためについに発言途中で松下社長か
ら「もういい」とマイクを取り上げられてしまった。松下社長にすれば調子のよい話をす
ればするほど、松下社長の話と違ってくるので耐えられなかった。
会見の後で浅田取締役は「もっと業績を伸ばすために私を副社長にしてもらいたい。そ
うすれば売り込みのために得意先の知事など官公庁の首脳らに簡単に会えるようになる。
記者会見の席上で私を副社長にするように直訴しようとしたのにマイクを取り上げられて
残念だった」サラリーマン重役らしからぬ「造反重役」の元気の良さであった。
 

| その他 | 11:19 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

山下社長のACTION61で特機部門強化へ
山下社長は松下が64年にコンピューター部門から撤退したことなどから、家電により
かかりすぎるとの考えを持っていた。そのために家電王国の体質を変えるために「戦略本
社」を作り、経営企画室長に腹心を連れてきて構造改革計画「ACTION61」を作った。
その中で総合エレクトロにクスへの変換を狙った。具体的に言うとOA,FA,ニューメデ
ィアなどの情報機器、デバイス、半導体である。
これらの部門は造反重役の浅田義雄が担当したところでもある。山下さんは浅田氏の部

門を強化する構造計画を作ったのである。面白い人が松下にはたくさんいた。

| その他 | 11:18 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

お土産なしで株主減る

2020年6月の株主総会は異常な形で開かれた。コロナの感染予防ということで「できるだけ会場に来てくれるな」という予告と「お土産の用意はありません」という断りである。

6月25日に開かれたゼネコン大手の鹿島の株主総会に行った。会場は例年どうりに「ホテル イースト21東京」(江東区東陽町)である。10時からの開始に株主はわずか30人ぐらいで第二、第三には誰もいない。

昨年は200人ぐらいいたのに比べると寂しい限りだ。押味至一社長が議長になり報告事項、4つの決議事項を説明して質問を受け付けた。コロナ対策についての質問が4つほどあった。

押味議長などが説明して40分で終わった。コロナの感染の心配とお土産が出ないことが株主の少ない理由であろう。

| その他 | 11:18 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

日本記者クラブのコロナ勉強会は34回
日本記者クラブは5月28日に再開された。コロナの勉強会は引き続き行われて7月6
日にNPO法人ほっとプラス代表の藤田孝典代表理事が34回目の「生活支援施策の在り方
」を話した。
2020年度のクラブ賞は青野由利・毎日新聞論説室専門編集委員と遠藤隆テレビ岩手
報道制作局シニア・報道主幹兼コンテンツ
戦略室長
日本記者クラブ賞は青野さんと遠藤さんに決まった。7月29日午後5時から記者クラ
ブ10階ホールでに表彰式と記念講演を行う。

| その他 | 11:17 | - | - | pookmark |
2020.07.04 Saturday

追悼録
山本和彦・元森ビル副社長
6月1日すい臓がんのため死去。享年74歳。
山本さんは森ビルの森稔氏に仕え、広報の担当をしていた。日本不動産ジャーナリスト
会議で森ビルのことになると山本さんが窓口になり手配してくれた。温厚な人柄でたくさ
んの人に愛されていた。


山田隆哉・元ダイハツ工業社長、元ジェイテクト会長
6月2日筋萎縮性側索硬化症(ALS)で死去。享年78歳。
トヨタ自動車取締役を経てダイハツ工業社長になり、08年光洋精工と豊田工機の合併
によるジェイテクトの設立に力を尽くして会長になった。


庄山悦彦・元日立製作所社長、元日本経団連副会長
6月5日すい臓がんのために死去。享年84歳

経団連の副会長の時に経団連の会長だったトヨタ自動車の奥田会長から「次の会長に頼む

4

」と再三いわれたが、断った。このために奥田会長はキャノンの御手洗富士夫会長を選ん
だ。
日立は日本経団連では歴代副会長しか務めなかったが、榊原会長の後に日立の中西宏明氏
が初めて就任した。庄山氏はこの中西氏の会長就任には反対しなかったようである。


鬼沢正(おにざわ・なおし)元三井建設(現三井住友建設)社長
6月9日老衰で死去。享年94歳。
三井不動産の広報室長を長く勤め、中興の祖である江戸英雄会長に忠勤を励んだ。三井
鉱山が斜陽になった時に江戸英雄氏が鬼沢さんを不動産にスカウトした。茨城県の出身と
いうことが二人が終生結ばれた縁になった。


太田哲夫・元日経新聞専務、元QUICK社長
6月13日心不全のために死去。享年87歳。
日経ビジネス編集長や東京本社編集局長を務めたが、新聞記者特有の偉ぶった態度があ
った。日経では社長以上の態度の大きさである、といわれた。

| 追悼録 | 11:17 | - | - | pookmark |
2020.06.03 Wednesday

日本記者クラブが閉鎖。ウェブでの記者会見へ
こんなことは日本記者クラブができてから初めてのことである。新型コロナにより5月
初めから記者クラブが閉鎖され、だれも立ち入れなくなった。外国人特派員協会
(FCCJ)は閉鎖はせずにオープンにしていたのとは対照的である。


政府の緊急事態宣言によってコロナにかからないようにするためである。緊急事態宣言
が解除された5月28日からは再開された。クラブで待ち合わせをしたり、食事をしてい
た人にとっては朗報であった。


しかし、この間も記者クラブの本来の役割であるコロナについての記者会見はウェブに
よりライブで行ってきた。今まではクラブに来て講師の話を直接聞けたが、コロナの予防
ということでウェブを通しての会見になった。


このやり方は初めてで、最初はどうするのか迷った。聞きたい講演はクラブのホームペ
ージに載っているので事前に事務局に申し入れる。クラブ員でなくてはだめで、クラブの
登録番号や会社、資格、メールアドレスなどを登録して、OKになると、記者のメールア
ドレスに始まる1時間ぐらい前にズーム(ZOOM)のメールが送られてきて始まる。米
国のZOOM社は利用者の数が急増して4月に入り3億人を超えた、という。


講師と司会者の二人が画面に出て、質問はボタンを押して司会者に出し、それを講師
に伝える。


30分話して残りの30分で質問を受けつる。私的なことを言うと、軽井沢に行ってい
たのでこのやり方は都合が良かった。5月中にあった講演はほとんど聞いた。政府の専門
家会議の尾身茂・副座長が2月13日に最初にやり、5月29日の矢内廣ぴあ社長の「ラ
イブ・エンターテイメント産業への影響」まで25回やった。


経済記者OBからするとコロナについての病理や病院の問題、などが多くて経済的な話
題は5回の小林慶一郎・慶応大教授の「コロナウイルスの経済政策の在り方」18回の帝
国データバンクの赤間裕弥・東京支社情報部部長の倒産問題などで少なかった。


こうした中で5月27日(24回)に行われた「悪化する病院経営」について全日本病
院協会の猪口雄二会長が話した。病院経営状況緊急調査に基づいており、コロナの患者を
診療すると一般の患者は減るので赤字になる。そうしたことで国はコロナの診療報酬を3
倍にしたが「これでも病院の経営は改善されるかどうかわからない」という。改善策につ
いて聞かれた猪口会長も「ワクチンができるまではこうした状態が続いてゆくのではない
か」と答えていた。先は見えない。
 

| その他 | 15:04 | - | - | pookmark |
2020.06.03 Wednesday

(ISRAEL7・8号への寄稿)
コロナ騒動でもしぶといイスラエル経済
ポストコロナに備えて手を打つ
日本イスラエル親善協会理事広報委員阿部和義(ISRAEL7・8号への寄稿)
新型コロナウイルスの被害はもちろんイスラエルにも及んでいる。ところが日本と違っ
て早く手を打ったこともあり、スタートアップ企業などに支援するとともに医療関係のワ
クチンなどへの開発に国上げて取り組んでいる。
コロナによる被害は大きかった。経済の柱を担っている観光はもちろんのこと、航空機
、鉄道、商業施設などは大きな打撃を受けた。

ベングリオン空港では3月だけで5891便およそ120万人の人たちの出入りがキャン
セルされた。3月末までにさらにキャンセルされる便が増えた。イスラエル空港では直ち
に2千人の労働者を無給休暇にし、管理職は10%給与をカットした。
経済省によるとGDP(国民総生産)は119億ドル(約1兆3000億円)失うと試
算している。イスラエルの総生産の3・4%に当たり打撃は大きい。
イスラエルの企業はこうした事態になると従業員をリストラやレイオフする。そのため
に失業率は4%から26%にはね上がり、120万人が職を失った。政府は1年以上勤め
ていないと出さなかった失業保険を就職6か月以内でも認めることにしている。

| その他 | 15:04 | - | - | pookmark |
2020.06.03 Wednesday

テクノロジー開発は積極的に進める
こうした後ろ向きの対策だけでなくポストコロナに向けて手を打っている。イノベーシ
ョン(新規技術開発)をするための行政機関の「イノベーション・オーソリティ」は次の
募集を行った。「新型コロナ対策のためのテクノロジー開発」ができる企業は3月までに
応募してほしい。開発資金の30−50%を援助する、という条件だ。これに750社が
応募した。イスラエルの技術関係のコンサルタントをしている「インスパーク」の小川正
信社長は「この数は大変なものである。イスラエルの技術系の会社は7000から
9000社あり約1割が応募したことになる。最終的な応募企業は5月末で235社にな
っているが、すぐに手を挙げるという企業があるという体制になっている。
もう一つのイノベーションオーソリティーの企業への支援策はどのような分野にかかわ
らず、開発資金がなくなりそうな企業には2か月以内の別枠の審査で補助金を出すという
ものである。30−50%の資金を出す。
イスラエルでのイノベーション企業への資金援助は以前より前向きであり、4月の資金
調達総額は好調だった昨年を20%上回っている。(小川社長)

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