2018.07.31 Tuesday

日本のモノ作りは心配なし
東大経済学部の藤本隆宏教授(東大ものづくり経営研究センター長)は7月10日に日本学士会館で「デジタル化時代のものづくりー強い現場と強い本社の両立をー」について講演した。この中で藤本氏は「米国などに比べてAIなどサイバー層について遅れている。中間のサイバーフィジカルインターフェイス層も遅れているが、現場・現物ではまだ負けてはいない。トップ層が頑張れば日本のモノ作りは海外には負けてはいない」と日本の経済界は自信を持つべきだと述べた。出席していた製造業のトップは「藤本教授に言われて自信を回復した」と喜んでいた。

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2018.07.31 Tuesday

民放連の大久保会長が日本記者クラブで抱負を語る

18年6月に日本民間放送連盟の会長になった大久保好男氏(日本テレビ社長)が7月23日に日本記者クラブで記者会見した。その中で当面取り組む課題として.謄譽咾糧崛箸亮舛鯲匹してゆく▲優奪箸紡个靴討匹β弍してゆくかF本の番組を海外にどのように販売してゆくか、を挙げた。この中でテレビに求められているのは正確で信頼される情報であり、それがネットの情報との差別になる、と述べた。夏野剛・慶応大特別招聘教授(NTTドコモでiモードを立ち上げる)
が「誰がテレビを殺すのか」(角川新書)でネットによりテレビが新聞と同様に危機に陥っている、と書いている。こうしたことに対して大久保会長は「ネットの情報は信頼性に欠けている。うそのニュースも多い。テレビはネットとの違いを明確にしてゆく」と述べた。さらにワールドサッカーの視聴率は40%を超えておりよいコンテンツを流せばみんなが見てくれる」と自信を示した。

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2018.07.31 Tuesday

中国が産経記者をボイコット 日本記者クラブの取材団の派遣を中止
日本記者クラブ(理事長・原田亮介日経新聞専務取締役)は6月17日から25日まで中国のチベット取材団を派遣する予定だったが急遽中止した。朝日新聞をはじめ11社11人の参加リストを出し中国側に連絡したところ、5月31日になって「産経新聞社にはビザを発給しない」通達してきた。このため記者クラブは「産経にビザを出さない理由を求めるとともに【言論の自由を民主主義の根幹に掲げている当クラブとしては特定メディアの排除は到底受け入れられない】と中国側に再考を求めた。6月6日に中国側から最終決定であり変更できない、との回答があった。」このために産経を除いてのチベット取材団の派遣はできないと決定した。
中国についてはNHKも反中国の言動をする弁護士が獄に入れられて行方不明になるなどの報道するなど、マスコミにいろいろと報道されている。

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2018.07.05 Thursday


(追悼)

小坂哲瑯(こさか・てつろう)日比谷松本瑯会長。元日本フードサービス協会会長
5月23日悪性リンパ腫卯で死去。享年86歳。
日本フードサービス協会の総会後の懇親会などでたびたびお会いした。人懐こい顔で「お元気ですか?」であいさつされた。娘さんお文乃(あやの)さんが、祖父の梅屋庄吉と孫文との関係について回顧展などをしたことに「よくやっている」と目を細めていた。6月21日に松本楼で行われたお別れ会の委員長は文乃さんが務めた。

川村耕太郎・元日商常務理事 2月13日に死去。享年78歳。

広報を担当したことから新聞記者やテレビの放送記者には顔が売れていた。私が日商を担当した時には永野重雄氏が会頭だった。川村さんは取材をするときにいろいろなヒントをくれた。お別れ会は5月7日に明治記念館で「一期一会の会」ということで開かれた。武藤浩・前国土交通省事務次官が「羽田空港の拡張問題でお会いしたのが初めてだったが、熱心に陳情に来たことを思い出します」と話した。秋山庸一・元東京ガス副社長も「川村さんとは海外に一緒に行ってから親しくなりました。顔の広いことにびっくりしました」と偲んでいた。狂言師の野村万作氏も「川村さんにはいろいろな興行をするときに人集めなどでお世話になりありがたかった」と話していた。川村さんが書いた「独座観念」(産業新潮社)が配られた。

安崎暁(あんざき・さとる)元コマツ社長
5月26日胆のうがんで死去。享年81歳。

河合一族の支配していたコマツで社長を務めた。特に河合良一・社長の下で会社の経営で苦労した。末期がんが見つかり17年11月に延命治療をしないと宣言して、同年12月に都内のホテルで「感謝の会」を開いた

 

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2018.07.05 Thursday

佐々木信綱氏が平成は大災害の年

日本記者クラブは「平成とは何だったのか」のシリーズで政治、経済、外交にについて著名人を招いて話を聞いている。和歌については早稲田大元教授の佐々木幸綱氏が6月27日に「平静は大災害の年だった。私が選んだ歌は次の通りである」と述べた。
いずれも朝日新聞に投稿された歌より選んである。
東日本大震災
「大震災の間のなき余震のその夜をあはれ二時間ねむりたるらし 仙台市坂本捷子」
阪神大震災 「一夜明け瓦礫の底にくぐもれる起こす主なき目覚めのベル 神戸市岡田淳」

平成シリーズで田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長(元外務省審議官)が7月3日に北朝鮮との取り組みについて話した。外交とは日本の国益にかなう結果を作ることだ、と述べて北朝鮮についての拉致や非核化について「北朝鮮に日本の出先を置いて調査をすることが必要だ。それが最初にしなくてはいけないことである」と強調した。

 

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2018.07.05 Thursday

ふるさとテレビがラクビーでシンポジウム

パソコンで地方の活性化などを進めているふるさとテレビ(高木勇樹理事長)が7月3日に13周年の記念の七夕シンポジウムを衆議院憲政記念館講堂で約200人の人を集めて開いた。ラクビーサミットというテーマでヤマハ発動機の五郎丸歩選手を招いた。日本ラクビーフットボール協会の岡村正会長(元東芝社長)が開会のあいさつをした後、五郎丸選手が講演をした。元早稲田大学ラクビー部監督の中竹竜二・日本ラクビーフットボール協会コーチングディレクターとの対談形式で行った。五郎丸選手は佐賀工業高校から早稲田大学に行き、そのあとヤマハ発動機に就職した。早稲田に行ったのは「強い大学で勝てるということで行った。ヤマハには弱いところを強くするために志願した。フランスに行ったのは強くなるためだが、人間力を強めることと、コミュニケーション能力を高めることが必要だ、ということを学んだ」と話した。
そのあとで、来年の世界大会で会場になる12か所のうち熊本、塩釜の大西市長、と野田市長がパネルディスカッションに参加した。両氏とも地震にあい、災害の復興をしており、ラクビーを招致したことで災害復旧を進めていきたい、と述べた。

 

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2018.05.31 Thursday

日大アメリカンフットボール部の事件を思う

私は高校、大学とラクビーをやっていた。相手と激しくぶつかり合うラクビーは楽しかった。アメリカンフットボールにも関心を持っていたがルールがあと一つ分からないのでそれほどの興味はなかった。そうした時に関西学院大のアメフト部の監督とディレクターが日大との戦いで無防備なQBにタックルを仕掛けたのはけしからん、と5月10日ごろにテレビで訴えていた。確かにラクビーでも球を持っていない選手にタックルするのは「ノーボール・タックル」で重い反則を取られる。
日大はすぐに謝ると思っていたがなかなか謝らずにずるずると来た。そうした時5月21日にこのタックルをした日大の選手が記者会見を日本記者クラブで22日に行うということがテレビで流れるともに私にも記者クラブから緊急のFAXが入った。選手に対して監督やコーチがタックルするように指示を出したかが、焦点になっていたのでマスコミはこの会見に注目をした。
午後2時45分からの開始だがテレビは14時05分、ペン・スチール(写真)は14時30分に登録するように指示が来た。私は14時には席を確保するために会場に行ったが、すでに満員だった。テレビカメラ、雑クラブによると今まで一番誌の写真、新聞のカメラなどでゴッタがいしていた。日本記者クラブによると今までで一番多い360人が集まった。
会場に入ってきた宮川泰介君は大きな体をした青年である。それに付き添って、西畠正、薬師寺孝亮弁護士が二人別席に着いた。最初に司会をしたスポーツニッポンの宮内記者(日本新聞協会の企画委員)が、「記者会見で弁護士が付くのは異例だが宮川君の希望なので今回限りということで認めた」と述べた。
宮川君は紙に書いたことを読み上げた。それによると監督、コーチは「試合に出させるには相手のQB(クオーターバック)をつぶしてこい。やらないでは済まされないぞ」ということを言った。そのために追い詰められていた宮川君は違法タックをして退場させられた。そのあとグランドで泣いていた。
そのあとの質問に入るとNHKニュース7の記者、フジテレビの特ダネ記者、日本テレビニュースゼロ、フジテレビプライム、読売テレビ、テレビ東京、テレビ朝日、東京MXテレビ、TBSテレビのビビッドなどが次々と手を上げて質問していった。それに対して宮川君は丁寧に答えていった。
新聞社からの質問は時間もないこともありゼロだった。テレビも実況中継をしていたので記者は懸命だった。
20歳になったばかりというのに宮川君は「早く謝りに行きたかったが、監督から止められた。関西学院大に行ったが断られたこともあった」と話した。
宮川君の記者会見で日大側も急遽、内田監督、井上コーチが会見した。この会見では内田監督が「私は宮川君につぶしてこいと言ったことはない」と述べて顰蹙を買った。一方宮川君が日大豊山高校時代の監督だった井上コーチは「私はQBをつぶしてこいと言った。それがお前が次の試合に出られるかどうか、である。やらないでは済まないぞ」と正直に話した。
この会見で司会をしたのが私の知っている共同通信社の経済部記者だった米倉久邦氏だった。米倉氏とは日銀クラブで一緒だったこともありしばらく付き合いっていた。テレビで見る限りではずいぶん歳を取ったというのが実感である。この会見で打ち切りをしようとして記者からブーイングを受けた。日大側は対応が遅いうえに記者会見を打ち切ろうとした対応に「マスコミ対策ができていない。もっと早く会見をしていれば違う展開になったかもしれない」という声が出ている。いろいろなことを考えさせられる事件である

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2018.05.31 Thursday

朝日新聞は2年連続の増益

朝日新聞社は5月28日に18年3月期の決算を発表した。それによると売上高は約3900億円と前年同期に比べて2・9%減ったが営業利益は79億円と前年同期に比べて12・2%増加した。2年ぶりの増益である。純利益は120億円で2年連続の増益だった。不動産収入が好調だったことが利益の増加に結び付いた。

 

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2018.05.31 Thursday

日本記者クラブ賞に朝日新聞奥山編集委員

18年度の日本記者クラブ賞に朝日新聞の奥山俊宏編集委員(52)が選ばれた。ロッキード事件やパナマ文書などの解説や調査報道が認められた。
特別賞には100年以上発行を続けている「点字毎日」の遠藤哲也編集長が選ばれた。6月6日午後6時からプレスセンターで記念の講演がある。

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2018.05.02 Wednesday

岩井重人・元住友不動産販売社長 1月6日肺炎のために死去。87歳。
高校卒の後、住友銀行に入行し、5支店長を務めて優秀な成績を収めた。その後住友不動産の安藤太郎社長に引っ張られて住友不動産に行き、そのあと販売会社の社長になった。住友不動産の高島準司社長とコンビを組んで住友グループを優秀な会社に育て上げた。

 

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